So-net無料ブログ作成
前の30件 | -

PC-9801 NS/A の修理 その2 [レトロPC]

今、ビートルズを聴きながらブログを書いているんだけど、やっぱりアレですね、ビートルズはいいですな。当たり前だけど。

さて、コンデンサの取り換え作業に入ります。
メイン基板の中央部に電源関係のコンデンサがあります。

PC-9801 NS/Aの修理(34).jpg

もうちょっと拡大してみます。

PC-9801 NS/Aの修理(35).jpg

この銀色の円筒形のモノがコンデンサです。
写真だと、左側が10μFで右側が4.7μFです。
このタイプのものは、どーやら弱いようです。

取り替えるためには、取り外さなければならないんですが、どうやって取り外すかと言うと、僕の場合にはニッパで切ってしまいました。
ただし、これが正しい方法なのかどうかはわかりません。

PC-9801 NS/Aの修理(36).jpg

わりと綺麗に取り外せました。

PC-9801 NS/Aの修理(37).jpg

取ってからわかったんですが、コンデンサには台座みたいなのが付いていました。

PC-9801 NS/Aの修理(39).jpg

取り外したコンデンサです。

PC-9801 NS/Aの修理(40).jpg

取り外した後はこんな感じ。

PC-9801 NS/Aの修理(41).jpg

ニッパで切るときに、コンデンサの足だけを挟んで切ることになるんですが、歳のせいかよく見えませんでした(汗)。
もはや、LOW-GUNです。法と銃じゃありません。
トムクルーズが出て、ケニーロギンスが主題歌を歌っていたやつでもないよ。

見えないときは、インドの山奥で修業をしたレインボーマンのようにチャクラが開くのを待つか、セブンセンシズに目覚めるのを待つしかないんですが、そんな暇の無い現代人の僕としては文明の利器を用いることにします。

で、重宝したのがこれです。
これで、なんとか見えます。
拡大鏡を使ったのなんて、小学校の理科の実験以来じゃないかって思いましたね。

PC-9801 NS/Aの修理(42).jpg

新しく取り付けるコンデンサがこれです。

PC-9801 NS/Aの修理(44).jpg

背の低い、小さなものも買ってみました。

PC-9801 NS/Aの修理(43).jpg

まずは1個目を取りつけてみます。

PC-9801 NS/Aの修理(45).jpg

なかなか良さそうなので、2個目を取りつけてみます。

PC-9801 NS/Aの修理(46).jpg

無事に取りつけることができました。

はんだ付けをするときも、LOW-GUNの人は注意は必要です。
よく見てやらないと、とんでもない所にはんだを付けてしまうかもしれないからです。
でも、拡大鏡を持ってはんだ付けする時には工夫が必要です。

僕は、取りつけるコンデンサをセロテープで固定してからはんだ付けをしました。
この辺は、創意工夫が必要なところですかね。

PC-9801 NS/Aの修理(47).jpg

はずきルーペなんかが良さそうに思えたんで、ホームセンターに行って試しに掛けてみたんですが、なんてゆーか、僕にはイマイチな感じでした。

とりあえず、修理後の本体基板です。

PC-9801 NS/Aの修理(48).jpg

この後、取り外したものを組み上げていくんですが、僕の場合は、後でまた取り外しがしやすいようにネジ止めはしませんでした。
ガタつくところは、セロテープで止めてあるだけです。

電源ボタンを押したら、無事に電源が入りました。

PC-9801 NS/Aの修理(49).jpg

ハードディスクの読み書きも大丈夫です。

PC-9801 NS/Aの修理(50).jpg

そしたら、早速、本題です。

疲れた心を癒すためにPC-9801NS/Aを出したのがもともとでした。
何をしようとしていたかというと、PC-9801用ウイザードリィをやろうとしていたんですよ。

そう、心が風邪をひきそうになったら、ウィザードリィをやるのが一番です。
灰と隣り合わせの青春時代に戻るわけです。
下手な風邪薬よりも効きます。

NS/Aにフロッピーディスクを入れて、フロッピーから起動させます。

98でウィザードリィ(1).jpg

98でウィザードリィ(2).jpg

やったーっ!
無事にウィザードリィが起動しました。
これで、あと3年は戦えます。

でまぁ、やってて思ったのは、こういう修理って、やること自体に楽しみを見出すことができる人じゃないと難しいかなってことです。
古い車やバイクをレストアして乗っている人とおなじようなものかと思ってます。あれって、自分で修理している人が多いんですよね。
レトロPCも、自分で修理して使うって人がほとんどなんじゃないかなって気がします。
こういうのって、保障とかない完全に自己責任の世界だから、動かなくて当たり前、動いたらもうけものみたいな感じですよね。

あと質問とかされても、ここに書いてあること以上のことはわかりませんので答えられませんね。
まぁ、僕の知識と技術なんてそんなもんです。


コメント(0) 

PC-9801 NS/A の修理 その1 [レトロPC]

今日は(というか日付が変わっているから昨日なんだけど)スターウォーズ・エピソード8の初日でした。
僕はスターウォーズはすべてリアルタイムで観ているんで、エピソード8も年末に観たいと思っています。

エピソード4から6までは、父親と一緒に観に行ったんですが、その中でも一番印象に残っているのは、エピソード6・ジェダイの復讐ですね。
当時は、コロコロコミックでも特集を組んで紹介していました。
映画を観る前から情報を集めて気持ちを高めるっていう経験をしたのは、その時が初めてでした。

ところで、長期出張をしてきた後でちょっといろいろと疲れていたんで、レトロPCで心を癒そうと思い、PC-9801NS/Aの電源を入れたところ、うんともすんともいいませんでした。
仕方がないのでPC-9801NS/Tを引っ張り出してきました。そしたら、これも電源ボタンを押しても、電源が入りません。
どうしたものかと思いネットで検索したら、いろいろと情報がありました。

PC-9801ノートパソコンで電源が入らない場合には、高い確率で本体基板の電源部分にあるコンデンサがダメになっているということでした。
そこで、先人の方々が書き残してくれた数多くの情報をもとにして、いろんなサイトを見ながら修理をしたところ、無事に電源が入りました。
そんなわけで、修理の過程を僕も残しておきたいと思います。

PC-9801 NS/A はスタイルが好きです。
特にキーの配置と、液晶画面右側にあるコントラスト調整用のダイヤルが最高にカッコイイですね。

PC-9801 NS/Aの修理(0).jpg

修理を始めるためにまずは、本体裏側の蓋をあけて、EMSメモリをはずします。

PC-9801 NS/Aの修理(1).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(2).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(3).jpg

僕が持っているのは、BUFFALO製です。
当時はかなりの金額だったと思いますが、今ではEMSっていうと「あぁ、深夜のショッピングテレビでやっているお腹の筋肉を鍛えるやつね」みたいなことを言われてしまいます。って、アブソニックじゃないんですが。

PC-9801 NS/Aの修理(4).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(5).jpg

EMSを取り外したら、次に液晶画面をはずします。
液晶画面は、2つのコネクタでつながっています。

PC-9801 NS/Aの修理(6).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(7-1).jpg

取り外すと、こんな感じです。

PC-9801 NS/Aの修理(7-2).jpg

コネクタがささっていた部分は、ファンクションキーf1、f2の上のあたりになります。

PC-9801 NS/Aの修理(8).jpg

液晶画面を取り外した後の本体です。

PC-9801 NS/Aの修理(9).jpg

次にキーボードをはずします。
キーボードは、フィルムのような薄いケーブルでつながっています。
フレキシブルケーブルと言うみたいです。
無理に引っ張ると切れてしまいます。
このケーブルがささっているコネクタの上の部分を指でつまんで上方へ引っ張るとロックがはずれます。
カチッと音がするまで、コネクタの上の部分を上方まで持ち上げます。
そうすると、ケーブルを指で持ち上げるだけでするっと抜けます。

PC-9801 NS/Aの修理(10).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(11).jpg

キーボードの下に台があるので、これをはずします。

PC-9801 NS/Aの修理(12).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(13).jpg

取り外したキーボードです。

PC-9801 NS/Aの修理(14).jpg

僕の持っているNS/Aはハードディスクが付いているんで、これも取り外します。

PC-9801 NS/Aの修理(15).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(16).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(17).jpg

これが内蔵されているハードディスクドライブです。

PC-9801 NS/Aの修理(18).jpg

次にフロッピーディスクドライブを取り外します。

まずは、コネクタをはずします。

PC-9801 NS/Aの修理(19).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(20).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(22).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(21).jpg

フレキシブルケーブルは、キーボードの時と同様に、ケーブルがささっているコネクタの上の部分を、カチッと音がするまで持ち上げてから抜きます。
写真では、コネクタ上部の白い部分を持ち上げることになります。

PC-9801 NS/Aの修理(23).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(24).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(25).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(26).jpg

取り外したフロッピーディスクドライブです。

PC-9801 NS/Aの修理(27).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(28).jpg

次にハードディスクを差し込む部分を取り外します。
ここのフレキシブルケーブルの取り外しも、キーボードやフロッピーディスクドライブの時と同様です。

PC-9801 NS/Aの修理(29).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(30).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(31).jpg

PC-9801 NS/Aの修理(32).jpg

本体基板だけになりました。

PC-9801 NS/Aの修理(33).jpg

ここまできてから、修理に取り掛かります。

コメント(0) 

持っているパソコン雑誌の中で一番古い [レトロパソコン雑誌]

今日のベストヒットUSAはラモーンズ特集でした。
ラモーンズは、大学生の頃にパンクロック好きな友人である下場くん(仮名)が教えてくれました。
あと、確か、槇原敬之のオールナイトニッポンでCMに入るときに使われていた曲がラモーンズの曲だったような気がします。違ったかな。

大人になってから、ラモーンズの曲を聴いたときに「僕が子供の頃の大学生が聴いていた曲だ」と気付いて、懐かしい感じがしましたよ。パンクなのに。

そんなラモーンズについて小林克也氏が説明してくれているのを聞きながら、今年のお盆に帰省したときのことを思い出していました。
僕が持っているパソコン雑誌で一番古いのってどれだろうかと思い、今年のお盆に帰省した際に探してみたんですよ。

1982年のI/Oが持っている中で一番古いかと思っていたら、そうしたら1980年9月号RAMが見つかりました。
小学生の頃に、近所のN大学の文化祭でやっていた古本市で買ったものです。

これが表紙です。
もはや伝説の雑誌です。

1980年9月号 RAM.jpg

広告も、今見ると懐かしい。

1980年9月号 RAM (2).jpg

これなんかすごい広告です。
CRTのブラウン管がむき出し!

1980年9月号 RAM (3).jpg

1980年9月号 RAM (4).jpg

これって、本当にブラウン管むき出しで売っていたのかなぁ...

今、なにかと話題の東芝のマイコンボード。
ロゴが懐かしいです。

1980年9月号 RAM (5).jpg

1980年9月号 RAM (6).jpg

TRS-80.
これはスタイルが好きで、欲しかったんですよねぇ。

1980年9月号 RAM (7).jpg

1980年9月号 RAM (8).jpg

APPLE2の広告も載っています。

1980年9月号 RAM (9).jpg

これは日本電気のTK-85です。
TK-80は持っています。縁起物ですから。

1980年9月号 RAM (12).jpg

御三家の広告です。
コモドールのPETもスタイルがカッコ良かったですね。

1980年9月号 RAM (13).jpg

このシステムソフト福岡って、大戦略を作ったシステムソフトのことかな?

1980年9月号 RAM (14).jpg

ゲームプログラムも載っています。

1980年9月号 RAM (15).jpg

他にもいろんな記事が載っていました。

1980年9月号 RAM (20).jpg

1980年9月号 RAM (21).jpg

1980年9月号 RAM (22).jpg

日立のベーシックマスターのスタイルも痺れます。
やっぱり、すっげーカッコいい。

1980年9月号 RAM (23).jpg

裏表紙です。
素敵なポスターってどんなポスターだったんだろう?

1980年9月号 RAM (24).jpg

来週のベストヒットUSAは80年代の大ヒットナンバーの特集と予告が出ていました。
僕の願いが、やっと小林克也氏に届いたっ!って感じです。

来週が、待ち遠しい。

4コマ 平成29年の夏.jpeg

コメント(0) 

コロコロの想い出がいっぱい [本]

さっきまで、テレビで「スターウォーズ ジェダイの復讐」をやっていたんで観てました。

観ながら、スーパーで買ったさけとばを食べて発泡酒を飲んでいたら、あまりにも組み合わせが良くて、大缶を3本も飲んでしまいました。飲みすぎです...

それにしても、スターウォーズは面白いですね。って当たり前か。
もうすぐエピソード8が上映されると聞くと、なんとなく寂しい感じもしますが、大いに楽しみでもあります。

僕は、エピソード4・5・6は劇場でリアルタイムで観ている世代です。
ちょうど、小学生のころです。
小学生のころは、コロコロコミックを読んでいたなぁというわけで、コロコロの話しをしたいと思います。

ちょっと前の話しになるけど、今年の夏、コロコロコミック40周年の記念イベントに行ってきました。
今では、さすがにコロコロを読んではいないけど、僕が住んでいるところの近くに来るってことがわかったんで、見に行ってみたんです。

IMG_7005.JPG

僕がコロコロコミックを読んでいたのは40年近く前のことです。
ちょうど、小さくて分厚い月刊漫画雑誌がいくつも出てきた頃でした。
コロコロコミックの他に、コミックボンボン、100点コミック、まるまるコミックなんてのもあり、買ったりもしていました。

実家の僕の部屋には、小学生の頃に買っていたコロコロコミックが、今でも本棚にあります。
これは、1982年3月号です。今から35年前ですかね。

コロコロコミック 1982年3月号.jpg

コロコロコミック 1982年3月号 (2).jpg

当時のコロコロコミックも、ドラえもんを中心として、小学生の好きそうなものを特集していた雑誌でしたが、中でもゲームセンターあらしは絶大な人気を誇っていました。
これが当時、連載されていた、ゲームセンターあらしです。
テレビアニメ化の特集をやっています。

コロコロコミック 1982年3月号 (16).jpg

コロコロコミック 1982年3月号 (18).jpg

コロコロコミック 1982年3月号 (5).jpg

すがや先生が若い!

コロコロコミック 1982年3月号 (19).jpg

時計機能付きのゲームが流行っていた頃だったので、その特集です。
当時は、すごく欲しかったですね。
今の小学生がスマホを欲しがるような感じですかね。

コロコロコミック 1982年3月号 (20).jpg

LSIゲームの特集もありました。

コロコロコミック 1982年3月号 (21).jpg

ここに載っているギャラクシアンが欲しくて、お金を貯めて買いましたね。
今でも大切にとってあります。

ドラえもんもあらしも好きだったけど、他の漫画も好きでした。

スーパーアクション刑事 ザ・ゴリラです。

コロコロコミック 1982年3月号 (40).jpg

コルトシングルアクションアーミーという、バレルの長いリボルバー銃を使う刑事が主人公です。
そんな刑事いるわけないだろ、って今時の子供なら思うだろうけど、当時は大門軍団がブイブイ言わせていたので、あまり不自然とは思いませんでしたね。寺尾聰とか44マグナムとか持ってたし。

釣りバカ大将は、結構好きでした。

コロコロコミック 1982年3月号 (29).jpg

あと、あさりちゃん。

コロコロコミック 1982年3月号 (35).jpg

金メダルマンです。
主人公のたかしがわりとイイ味を出していました。

コロコロコミック 1982年3月号 (27).jpg

とどろけ一番です。
これは、面白かったですねぇ。
毎月、楽しみにしていました。
四菱ハイユニの鉛筆が欲しかったですよ。

コロコロコミック 1982年3月号 (36).jpg

ムツゴロウさんの自伝とも言える漫画です。
かわさきのぼるさんが描いていました。
今、一番欲しいと思う漫画です。

コロコロコミック 1982年3月号 (51).jpg

当時は、コロコロコミックに少年ビックコミックの広告が出ていたんですよ。
これで、僕は少年ビックコミックを知って、そして「みゆき」を知りました。
初めて「みゆき」を読んだ時の衝撃は、今でも忘れられません。
その絵柄とストーリーに引き込まれて数十年。いまでも、「みゆき」は大好きな漫画の一つです。
そんな「みゆき」と巡り合わせてくれたのもコロコロでした。

コロコロコミック 1982年3月号 (55).jpg

魔球が出てくる野球漫画、あばれ隼です。
今では、魔球どころか、野球漫画すら見かけませんね。

コロコロコミック 1982年3月号 (66).jpg

このタムイシンマは、第一回藤子不二雄賞の大賞を取った漫画だったと思います。

コロコロコミック 1982年3月号 (57).jpg

小学館子供文庫の広告ですが、「国鉄特急」のタイトルが、今となっては懐かしいです。
まぁ、ブルートレインも死語に近いですが...

コロコロコミック 1982年3月号 (72).jpg

昔は、切手収集も趣味として、みんながやっていました。
ドラえもんの漫画の中でも、切手収集の話しが出てきたりしていましたからね。
これは、民営化する前の郵政省の頃です。←当然か...

コロコロコミック 1982年3月号 (77).jpg

裏表紙はグリコのキャラメルの広告なんですが、驚いたことに、アラレちゃんが出ています。

コロコロコミック 1982年3月号 (78).jpg

アラレちゃんは集英社のジャンプで人気だった漫画です。
それが、小学館のドラえもんを中心とする漫画雑誌の裏表紙に出ているんですよ。
なんとも、おおらかな時代だったんですねぇ...

コメント(0) 

ドラゴンバスター その2 [レトロゲーム]

今日はジョン・レノンが撃たれて死んだ日だったんですね。
通勤する時に聴いている、NHKラジオの「今日は何の日」ってコーナーで言ってました。

その当時は、僕はもう小学生だったし、父親がビートルズ好きだったから、ジョンレノンが亡くなったというニュースが流れたのは憶えています。父親がひどく悲しんでいたのも。

僕自身は学生時代にやっていたバンドで、ビートルズのイン・マイ・ライフやイマジンを演奏したことがあります。
フルート、ギター、ベースという構成のバンドで僕はフルートでした。
個人的には、ビートルズの曲って、フルートで吹くのに合っていると思うんですよ。

そんな、バンド活動もしなくなって、パソコンでゲーム三昧な日々を送っていた頃に、Windows版のドラゴンバスターに出会いました。

メインのマシンをX68000からWindowsマシンに乗り換えてから、すでに4~5年は経っていました。
大型家電量販店で偶然にもWindows版のドラゴンバスターが発売されているのを知って、思わず購入してしまったわけです。

このときは、もはやクリアしようなどと思って購入したのではなくて、ただ懐かしさだけで買いました。
なので、プレイしたら案の定、4面までしか進めませんでした。

これがWindows版パッケージの表面です。

ドラゴンバスター Windows用(CD-ROM版)(1).jpg

ただの画面写真で、なんだか味気ないですよ。
やっぱり、ドラゴンが遠くを見ている幻想的なイラストじゃないとなぁ...

裏面もこの通りで、なんだかなぁって感じです。

ドラゴンバスター Windows用(CD-ROM版)(2).jpg

今回、ブログを書くために久しぶりにプレイしてみました。
これが画面です。

ドラゴンバスター Win用(2).jpg

ドラゴンバスター Win用(3).jpg

Windows 98マシンを実機でなんて用意していないから、仮想化ソフトのOS上でプレイしました。

ゲームを起動して思ったんですが、今では自分でプレイするよりも上手い人のプレイを見たいって気分です。

30数年前に、バッティングセンターの横のゲーセンで、繁則くんの後ろに立って見ていたように、上手い人のプレイを見ている方が、僕にとってはドラゴンバスターは面白く感じるんだということに、この歳になってやっと気付きました。

なので、今は、白角を飲みつつYouTubeでドラゴンバスターの上手い人のプレイを見るのが楽しみです。

コメント(0) 

ドラゴンバスター その1 [レトロゲーム]

11月は出張続きで、家にいたのが1週間くらいでした。

ほとんどホテル住まいだったし、後半は朝早くから夜遅くまでだったので、心身ともに疲れてしまいました。
職場に帰ってからもいろいろとあって、まぁ、そんなこんなで、やっとブログの更新です。

前回のブログで上海のドラゴンの写真を見て、次もドラゴン繋がりの内容にしようと思っていました。

ドラゴンって名前のつくゲームで真っ先に思い出すのは、ドラゴンバスターなんですよね。
竜と魔法と剣とプリンセス、まさにファンタジーの王道です。
当時はファンタジーイラストの世界が、そのまま動いていると思いましたね。

画面が断面図みたいになっているのが、漫画かアニメのようで、見やすくて絵本のような楽しい雰囲気を出していました。
キャラクターのドット絵もテーブルトークロールプレイングゲームのフィギュアのような感じで色合いもくっきりしていて、今は、こういうドット絵らしいキャラクターっていうのは見なくなりましたね。

僕の初めてのプレイは、近所にあったバッティングセンターの横にあったゲームセンターでした。

ゲームセンターはプレハブでできていたので、夏は暑いし冬は寒いという環境でした。
一応、夏は扇風機が回っていたし、冬は石油ストーブが焚かれていたけど、結構劣悪な環境でしたね。

ゲーセンの入り口は2箇所あって、片方の入り口の近くには大型筐体のゲームがあって、もう一方の入り口は店内カウンターの前でした。
当時の大型筐体って言ったら、クレー射撃ゲームとかナムコのポールポジションとかペーパーボーイとかです。
一時期、サンダーセプターの筐体が置いてあったけど、すぐになくなりました。

そんなプレハブゲーセンの名前はバッティングセンターよつば(仮名)でした。

バッティングセンターが主たる建造物で、ゲームセンターであるプレハブは副次的なものとしてオーナーは考えていたんだろうけど、僕たちの間では「バッティングセンターに行く=ゲーセンに行く」という意味でした。

そんなわけで、「バッティングセンターよつばに行こう!」っていうのは、ゲームをやりに行こうって意味だったので、肝心のバッティングセンターはいつも閑古鳥が鳴いていました。

プレハブ小屋とはいっても中は結構広くて、テーブル筐体が縦に4台、横に6台の計24台が置いてあり、その他にクレーンゲームや大型筐体ゲームが2~3台置けるほどの広さでした。さらに、定員のいるカウンターもあったわけだから、かなり広かったんだと思います。

テーブル筐体のゲームは麻雀ゲーム以外はいろんなジャンルのゲームがありました。
今思えば、なぜか麻雀ゲームは無かったんですよ。なんでだろう?

まぁ、当時は、このバッティングセンターからそう遠くないところに何件もゲームセンターがあって、そっちのゲーセンには麻雀ゲームがたくさんあったから、麻雀ゲームをやりたいときには別のゲーセンをハシゴすればよかったわけです。

その、バッティングセンターよつばに、ドラゴンバスターの筐体は、わりと長い間置いてありました。
多分、インカムが良かったんでしょう。
僕も、結構つぎ込みましたからね。

僕にとっては、かなり難しいと感じる部類のゲームだったので、あまり先へは進めませんでした。
(ベーマガにドラゴンバスターの攻略記事が載ったことがあったような気がするんだけど、記憶違いかもしれません。)
でも、友人の繁則くん(仮名)はゲームに対する天性の素質を持っていて、ドラゴンバスターも難なく先へと進んでいました。

繁則くんの場合素質だけでなく、家が建設会社をやっていてかなり裕福な家庭だったので、ゲームのための資金も潤沢でした。なので、庶民である僕は、月に使える200円(すなわち、ドラゴンバスター2回分)を有効に活用すべく、常に繁則くんのプレイするドラゴンバスターを後ろから見て、攻略の仕方を学んでいました。

先日、棋士の藤井君や加藤一二三氏が、対戦相手の後ろに立って盤面を見ながら作戦を考えるシーンがテレビで出ていて、「あっ、昔の僕と一緒だ」と思いましたよ。←ウソ、全然違う、ゴメンナサイ。

それでも、自分自身の反射神経の悪さと記憶力の無さで、どうがんばっても7面までしか行きませんでした。
そして、いつの間にかゲーセンからドラゴンバスターの筐体は消えていたし、僕もバッティングセンターのゲーセンに行かなくなってしまいました。

そんな僕がX68000用のドラゴンバスターのゲームを買ったのは、懐かしんで楽しむためではなくて、好きなのに攻略できなかったという、再挑戦という思いからでした。

X68000版のパッケージです。

ドラゴンバスター X68000用(5インチディスク版)(1).JPG

プレハブのゲーセンの壁(ベニヤ板)には、この絵のポスターが貼ってありました。
崖で翼を休めて遠くを見ているドラゴン。
すごく幻想的な絵に思えましたね。

パッケージの裏です。

ドラゴンバスター X68000用(5インチディスク版)(2).JPG

X68000版は5インチディスクでした。

ドラゴンバスター X68000用(5インチディスク版)(3).JPG

で、結局のところ再チャレンジはどうなったかというと、反射神経と記憶力が良くなっているはずもなく、全然先に進むことができませんでした。

それでまぁ、そこそこに遊んで、本棚にしまってしまいました。
これ以降、数年間はドラゴンバスターのことを忘れていました。

コメント(0) 

上海 その1 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAはザ・ストライプスがゲストでした。
ジェフ・ベックやエルトン・ジョンも絶賛とか言ってました。
聴いて、なるほどと思いましたね。いいバンドです。僕ぐらいの年齢の洋楽ファンにはしっくりくる曲を歌っています。

最後に流れた、ザ・フーの2017年のライブには痺れました。これがロックなんだなぁって。
そんな、ザ・フーの曲を聴きながら、今でも遊ぶ上海のことを書いています。

上海は中学の頃からの友人である、尾与田くん(仮名)の家で20歳前半の時に遊んだのが最初です。
でも、ゲーム画面を見たというのはもっと前です。

上海の画面自体は、地元にあったダイエーのパソコン売り場で見たのが最初です。
そこにあったPC-9801CVでデモが流れていました。
ちなみに、NECの98シリーズの中で一番好きなのがPC-9801CVです。

昔はパソコンのチラシを集めるのが好きで、デパートや電気屋のパソコン売り場に行ったら、必ずチラシをもらってきました。
今年のお盆に実家に帰ったときに、部屋のバインダーを整理していたら、パソコンのチラシとかフリーペーパーがけっこう出てきたんで、今、スキャンしているところです。
そんなチラシの中に、PC-9801CVのチラシもちゃんとありました。
そのうち、ブログにアップします。

その友人は、工業高校を出て地元の産業用ソフトウェアの開発をする会社に就職したんです。
僕は学生だったから冬休みがあって、その友達の家に泊りこんでパソコンゲームをしていた時に、何本かあったゲームの内の1つが上海でした。

雑誌の記事でルールは知っていたので試しにプレイしてみたら、想像以上に面白くて、結局夕方までずっと遊んでいました。
友達が部屋にいたかどうかは、今となっては憶えていません。
もしかしたら、僕がゲームをしている間、会社に行っていたのかも...

FM-TOWNS版の上海はHOT・Bが作っていたんですね。
忘れていました。
タイトルがドラゴンズ・アイってなっています。
これがパッケージです。

スーパー上海 ドラゴンズアイ FM-TOWNS用(CD-ROM版)(1).jpg

スーパー上海 ドラゴンズアイ FM-TOWNS用(CD-ROM版)(2).jpg

HOT・Bっていうとカレイド・スコープとかを思い出しますね。
これはカレイド・スコープの広告でI/O(1986年3月号)に載っていたやつです。
この広告がカッコ良かったなぁ~。

1986年3月(63).jpg


TOWNS版なんでCD-ROMです。

スーパー上海 ドラゴンズアイ FM-TOWNS用(CD-ROM版)(3).jpg

ソフトウェア保証書なんてのも付いていました。

スーパー上海 ドラゴンズアイ FM-TOWNS用(CD-ROM版)(5).jpg

これは上海Ⅱです。
X68000版で、5インチディスクです。
製作はハドソンでした。

上海Ⅱ X68000用(5インチディスク版)(1).JPG

上海Ⅱ X68000用(5インチディスク版)(2).JPG

上海Ⅱ X68000用(5インチディスク版)(3).JPG

ハドソンって言ったら、僕の中ではデゼニランドやサラダの国のトマト姫といったアドベンチャーゲームのソフトハウスってイメージですね。
ただまぁ、ファミコンに軸足を置いてからはパソコンゲームはパッとしなかった感じです。

個人的には、マニュアルのこのドラゴンが、一番「上海」っぽいって気がしています。

上海Ⅱ X68000用(5インチディスク版)(4).JPG

上海は、個人的にはディスプレイ一体型のパソコンでプレイするのが、一番しっくりします。
それは、Mac SEやPC-9801CVなんかでプレイした印象が強いからなんでしょうね。


コメント(0) 

イシターの復活(ザ・リターン・オブ・イシター) その2 [レトロゲーム]

今週のベストヒットUSAはプレスリー特集でした。
プレスリーを直接知っているわけじゃないんで、何かの作品の中でプレスリーのことを扱っていたなぁって感じで思い出すわけです。

なので、プレスリーって聞くと、僕としては、バック・トゥ・ザ・フューチャーとかフォレスト・ガンプとかの作品の中で出てきたなぁって感じで思い出すわけです。
まぁ、真っ先に思い出すのは「OKAWARI BOY スターザンス」に出てきたエルビスちゃんですが。

それにしても、今、プレスリーの歌っている映像を観るとやはり衝撃的ですね。
あとやっぱり、あの衣装とモミアゲ。

長距離ドライブをしなければならないときは、プレスリーとビートルズとマイケルジャクソンをローテーションで流しておけばとりあえずOKかもしれないなとか思ってしまいました。

トップ20のチャートを見たら、PINKの新曲が入っていて、これは僕的に懐かしかったですよ。
14~15年前によく聴いたもんで。

ベストヒットUSAを観ていたら、イシターの復活の続きを書きたくなったので書いてみます。
Windows版が出た時に、これなら手軽にイシターができると思って買ってしまいました。

イシターの復活 for WIN(1).jpg

パッケージのデザインはまあまあです。
MSX版のような感じにしてほしかったんですが、とりあえず、カイとギルが描かれているから良しとします。

イシターの復活 for WIN(2).jpg

裏は、なんだかとりとめなく画面が並べてあるだけ...
パッケージのデザインは、MSX版が断然イイです。

ゲームのほうはちゃんとイシターだったので、楽しむことができます。
オープニング画面です。

リターン オブ イシター VMWin用(1).jpg

リターン オブ イシター VMWin用(2).jpg

この画面を見ると気分が盛り上がりますよ。

リターン オブ イシター VMWin用(3).jpg

PC-8801mkⅡSR以降のシリーズやPC-9801シリーズでもイシターの復活は遊べました。
これらの機種の移植をしたのは、あのSPSでした。
これは、BASICマガジン(1988年4月号)の広告です。

BASICマガジン 1988年4月号(139).jpg

SPSはX68000付属のグラディウスよりも以前から知っていました。

小学生の時にPC-8001を持っていた友人(正確に言うと、その父親が所有していたものを勝手に使っていた)がSPSのゲームを持っていて、遊ばせてもらったことがあるからです。

これはI/O(1984年2月号)のSPSの広告です。

1984年2月号(697).jpg

1984年2月号(699).jpg

ここにある、ペンタンシリーズを持ってたんです。
当時は、ゲーム製作会社っていうのが地方に結構あって、東京一極集中ではなかったという印象でした。

現在と違って、コンピュータネットワークが整備されていたわけじゃないから、当時の製作者って独学や自分の思うがままにゲームを作っていたんだと感じますね。

なので、今思うと、会社ごとの特色って、その会社がある地方色を反映していたんじゃないかと思います。
調べたわけじゃないけど、昔のパソコン雑誌を見ているとそんな感じがするんですよね。
誰か、調べて分析してくれないですかね。

イシターは、当時、ナムコゲー好きならば誰もがハマったゲームだと思います。
なので、イシターをベースにして自作ゲームを作ったり、漫画を描いたり、小説を書いたりした人も多かったんじゃないかと思います。

そうそう、絵を描くということについて思ったことがあります。

以前、友人の鳥皮さん(仮名)が昔(80年代中頃)入っていた同人誌を見せてもらった時に、イシターの漫画を書いていた絵が上手い人がいて、この人はその後どうなったのかと聞いたら、プロの漫画家になったって言われて、やっぱりなぁとか思いました。
プロになる人は、10代の頃からもはや画力が違いますからね。

あと、20代の時に働いていた会社で知り合ったイラストレーターの円堂さん(仮名)から、アメコミ調のイラストが描かれた年賀状をもらったときに「やっぱり長年絵を描いてお金を稼いでいる人の絵は素人とは全く違うなぁ」という感想を持ちました。

田舎から上京して、絵を描くことを仕事にしている人の作業風景というのを、その会社で初めて見たときに、途中経過の完成度の高さに驚きました。下書きの段階とかで、もはや素人とは違いますね。

あと、大学の時の友人の花町くん(仮名)は、学生時代にデザインの仕事の方へとシフトしてしまったために、1年生を3回やって大学を出て行ってしまったけど、そのシフトは正解だったんじゃないかと最近になって思うんですよ。

今思えば大学で習うことっていうのは誰でも時間をかければできるようになる内容で、デザインセンスとかっていうのは習ったからできるようになるものではないってことだと、この歳になってようやくわかりました。
なので、人には持って生まれたものっていうのがあると思うんですよね。
そういうのに、気付けたのであれば、それが正解なんじゃないかと思うわけです。

花町くんは、最近では某幼稚園児活躍漫画のムックの装丁とか高校の非常勤講師とかやったりして活躍しているんだけど、大学で高校の教員免許を取ったのにまったく活用していない僕よりも、高校生に大切なことを教えていると思いますよ、ホント。

コメント(0) 

今日が発売日でした。 [その他]

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコンです。

去年、ファミコンミニを予約するためにイオンに行ったときには、すんなりと予約ができたのに、今年は予約のための抽選会があってビックリしました。
こんなもの、いい歳したオッサンしか買わないだろうと思って、今回も普通に予約できると思っていたんですよ。

でまぁ、無事に予約の抽選に当たったので、今日、手にすることができました。

箱は小さいけど、当時のスーパーファミコンの箱ですね。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(1).jpg

21本のゲームが入っているんですが、このうちの半分くらいは実物を持っています。
でも、スターフォックス2は未発売のゲームだということで、このために購入したとようなもんです。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(2).jpg

コントローラーのサイズが、当時と同サイズになりました。
確かに、ファミコンミニの時は小さくて、ちょっとやり辛かったですね。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(4).jpg

マニュアルも昔のスーファミマニュアルです。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(3).jpg

で、コントローラーを差し込もうと思ったら、イミテーションでした。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(5).jpg

コントローラーのコネクタの形状はこんな感じ。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(6).jpg

どこに差し込むのかしばらく考えてしまいました。
(マニュアルを見ろという話しもある)

いろんな角度から眺めてみたら、イミテーションのコネクタが蓋になっていることを発見!
開けると、差し込み口が出てきました。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(7).jpg

コントローラーだけが大きいと、これはこれでなんだか違和感がありますね。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(8).jpg

昔、さんざんやったマリオカートをまたやるんだろうなってことが、容易に想像できます。

僕にとっては、スーファミのグラフィックスや音楽が、目や耳に心地よいんですよ。
このミニスーファミがあれば、スイッチなんていらないなぁ。

コメント(0) 

イシターの復活(ザ・リターン・オブ・イシター) その1 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAはビートルズでした。
ビートルズはやっぱりいいですね。
でも、僕の世代と言うよりも、もっと上の世代の人達のものという感じがいつもするんですよ。
父親もよく聴いていたから、いわゆる団塊の世代のものみたいな印象があるんでしょうね。

僕も、学生の頃にバンドを組んでビートルズの曲をフルートで吹いたりしていました。
イン・マイライフが一番好きで、いつもそればかり吹いていた記憶があります。
ってゆーか、フルートを大学に入ってから独学で練習していたんで、あまり吹ける曲がなかったんですけどね。

それにしても、番組はジョージ・マーティンから見たビートルズといった内容で、さすがは小林克也氏と思わせる面白い内容でした。
ビートルズ特集とはいっても、他とは違う側面を教えてくれるベストヒットUSAはすごいです。

中学の頃ビートルズ好きの教師がいて、ヘイ・ジュードを授業中に聴いたことがあります。
僕とか、クラスにいた洋楽好きには定番の曲だったので「ビートルズね」みたいな感じだったけど、洋楽を聴いたことのない生徒にとっては「この曲は何?」って感じでした。
そして、そんなクラスの人達をみて「僕は知ってるぜ」みたいな優越感にひたっていたネクラな学生でした。
(非常に中途半端なヲタク野郎でしたね)

当時の僕はヘイ・ジュードを聴くと、ガンダムZZの主人公ジュドー・アーシタを真っ先に思いました。
(今でもそうだけど)
まぁ、この連想はよくある話しだと思いますが。

土曜日の夕方のガンダムZZは必ず観ていた番組でした。
そのガンダムZZが始まるまでは、近所にあったバッティングセンターの横のゲームセンターでゲームをやるのが、毎週土曜日のルーティーンとなっていました。

そんな、ガンダムZZを観ていた当時にゲームセンターでよくプレイしていたのがイシターの復活でした。

イシターの復活は、近所のバッティングセンター横のゲーセンではみんなプレイしていましたね。
とにかく、すべてが斬新で日本離れしたゲームだなぁと思いました。
こんなゲームを作れたらいいなと憧れましたね。

僕が持っているのはMSX2版のイシターの復活(ザ・リターン・オブ・イシター)です。
MSX2でイシターができる日がくるなんて、ゲーセンでプレイしていた頃には夢にも思わなかったですよ。

イシターの復活 MSX2用(ロムカセット版)(1).JPG

パッケージの裏には、画面の数々が。

イシターの復活 MSX2用(ロムカセット版)(2).JPG

MSX2用でメガロムです。

イシターの復活 MSX2用(ロムカセット版)(3).JPG

説明書もカッコイイ!

イシターの復活 MSX2用(ロムカセット版)(4).JPG

X68K版も出たと思うんですが、それは買った記憶はありません。
なんでだろう?
多分、友達の家でプレイしていたから、自分では買わなかったんだと思います。

そうそう、書き忘れていたけど、ヘイ・ジュードもフルートで吹いてました。
イイ曲です。


コメント(0) 

ウイングマン その2 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAは、トレヴァー・ホーン特集の続きでした。

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのリラックスは、当時は歌詞の意味はわからなかったけどメロディとかサウンドが良くて、ラジオから録音したテープをいつも聴いていました。

後から、これがゲイの曲だと知ってビックリしました。
まぁ、日本語に訳された歌詞をよく読んでみればわかりそうなもんですけどね。

そうそう、僕がまだ20代の頃、学生時代の友人の木根さん(仮名)が、最終的には男性が一番気持ちいいのは男性だとサド侯爵が書いていると教えてくれたのを思い出しました。
木根さんは、風俗嬢やゲイのことに精通していて、人間の可能性と業の深さを教えてくれる大変な識者で、いつも感心していました。

番組の最後の方で、小林克也氏がトレヴァー・ホーンに引退するの?って聞いたら、トレヴァー・ホーンから逆に、君は引退するの?みたいに聞かれて、小林克也氏はスタジオで倒れるまでやるという心意気を述べていたので嬉しくなりました。
可能な限りいつまでも、ベストヒットUSAを観ていたいですからね。

そんなわけで、ウイングマンの続きのゲームであるウイングマン2を見てみます。
アニメのウイングマンはゴーストリメルとか出てきて、よくわからない展開で終わりましたが、ウイングマン2にはゴーストリメルは出てきませんでした。

ウイングマン2は更にキレイで面白くなっています。
これはI/O(1986年3月号)の広告です。

1986年3月(47).jpg

色の塗り方が凝った感じになっていました。
あと、変身シーンのアニメーションが細かくなっていたのを憶えています。

これはBASICマガジン(1988年4月号)の広告です。

BASICマガジン 1988年4月号(131).jpg

ウイングマン2の広告のイラストは、単行本の表紙絵をを使っていて、それが他のゲームの広告とは違っていてカッコ良かったですね。

X1用のウイングマン2は5インチディスク版です。

ウイングマン2 X1用(5インチディスク版)(1).JPG

ウイングマン2 X1用(5インチディスク版)(2).JPG

X1の画面は640×200ドットで8色カラーでしたが、中間色とかを使うとわりと綺麗な画面を描くことができました。
パッケージ裏の画面写真を見ても、画面の素晴らしさがわかります。
X1turboだと640×400ドットの画面もあったけど、ゲームではあまり使われていませんでした。

MSX用ウイングマン2も出ていました。

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(1).jpg

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(2).jpg

画面写真を見ると、MSX版はこれはこれでいい雰囲気です。
色合いとかが、今のゲームでは絶対にやらないだろうって感じですね。

絵やアニメーションって、細かければいいってわけじゃないと僕は思っています。
リアルさや細かさを追求していったら、自然界に実在するもの以上のモノは無いわけだから、人間の創作物そのものが意味をなさなくなってしまうと思うんですよ。

細かさとかじゃなくて、空気感みたいなものを表現できているものが、どんな人にも受け入れてもらえるリアルさを持っているんじゃないかなぁとか、最近思います。
そんなわけで、MSX版ウイングマン2は、ウイングマンという作品の持っている空気感をちゃんと表現していたゲームでした。

ただ、その空気感を表現するためには容量の大きなメガROMが必要だったんだろうなぁと、当時は思いました。
そう考えると、メガROMって偉大です。

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(6).jpg

マニュアルです。

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(3).jpg

製作者のTAMTAMも写真で載っています。

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(4).jpg

この、キーボードを抱えて写っている姿が、当時はカッコイイなぁと思っていたんですよ。


コメント(0) 

ウイングマン その1 [レトロゲーム]

今日は、営業活動中心の一日でした。
社用車の走行距離が100km近くになっていたから、普段は外回りをしない僕としては結構動いたなとか思いました。今月は、わりと外回りがあるので腰が痛いです。(車のシートが体に合わないんで...)

日中が暑かったこともあってか帰ってきたらクタクタでしたが、なんとかベストヒットUSAの時間まで起きていました。
なにしろ今日は、トレヴァー・ホーンが出てきて80年代の曲中心なんだから。。

「ラジオ・スターの悲劇」は好きでしたねぇ。
女声コーラスの「ア~ッ、アアア~ッ、ア~」ってのがカッコ良くて、なんかテクノって感じでしたね。

一度、スナックで歌ったことがあるんですが、ママもスタッフの女の子も誰一人知らなくて、一人でコーラスも含めて歌いました。
ママがすごく上手だと言ってくれたけど、なんだか寂しい気分になりましたね。
それ以来、スナックで80年代洋楽を歌うのは控えています。

以前に描いた4コマ漫画に出てきた鳥川先輩なんかは、イエスのロンリーハートをよく聴いていたとかで、まぁ、僕らの世代が小学生や中学生の頃に聴いた有名な音楽なんかは彼の曲ですよね。

そして、イエスとか聴きながらウイングマンのゲームをやってたなぁとか思い出したわけです。

ウイングマンのゲームがやりたくてX1を買ったと言っても過言ではないくらいに好きな漫画でした。(1番ではないけど)
小学生、中学生の頃は漫画雑誌をよく読んでいたけど、室はジャンプはほとんど読んでいませんでした。

当時読んでいたのは、コロコロコミック、サンデー、マガジン、少年ビックコミックでした。
マガジンでは凄ノ王、コータローまかりとおる、愛しのブッチャーが好きでした。
でも、凄ノ王の連載が中断した時点で読まなくなりました。

マガジンと同時期に読んでいたサンデーの中では、うる星やつら、六三四の剣、ふたり鷹が好きでしたね。
あと、少年ビックコミックが一番好きで、みゆき、エスパー魔美、エリア88、結婚ゲームとか。
そんなわけで、ジャンプは読んだことがなかったんですが、北斗の拳、ウイングマン、奇面組、きまぐれオレンジロード、リッキータイフーン、コブラは単行本で読んでました。

桂正和氏の絵は、僕としてはウイングマンの頃の感じが好きです。同様に、原秀則氏の絵も、さよなら三角の頃のが好きです。
というわけで、ウイングマンのゲームは画面がキレイで、まるでオリジナルの漫画を見ているかのような感覚でした。
雑誌の広告を見ていると、期待が高まってはやくプレイしたいという欲求が抑えきれませんでしたよ。

これはI/O(1985年7月号)のエニックスの広告です。

1985年7月(66).jpg

下には、ザースの広告と軽井沢誘拐案内の広告です。

I/O(1986年3月号)のエニックスの広告です。
ウイングマン、ザース、軽井沢誘拐案内の3つの広告は健在です。

1986年3月(50).jpg

マイコンBASICマガジン(1985年1月号)の広告です。
ベーマガの広告では、また違った画面写真が使われています。

BASICマガジン 1985年1月号(161).JPG

テクノポリス(1986年6月号)に、ウイングマンを作ったTAMTAMの記事が載っていました。
TAMTAMもそうだし、ザースを作ったスタジオ・ジャンドラとか、当時は憧れのグループでしたね。

テクノポリス 1986年6月号(86).jpg

テクノポリス 1986年6月号(91).jpg

これはI/O(1985年7月号)に載っていたエニックス通信です。
この1985年7月号のエニックス通信では、TAMTAMとスタジオ・ジャンドラの紹介がされています。

1985年7月(141).jpg

ベーマガでは、後ろの方の白黒ページに当時人気のあったソフトハウスのコーナーを1ページ単位で用意していました。
エニックスの他にも、テレネット、スクウェア、ブレイングレイ、ランダムハウスなどいろいろなソフトハウスがコーナーを持っていて、毎月、読むのが楽しみでした。

このI/Oのエニックス通信は1986年3月号まで続きました。

1986年3月(92).jpg

読者のイラストを見ていると、いかにも80年当時のイラストだなぁと感じますね。

このウイングマンはX1用のテープ版です。
あおいさんとみくちゃん。
みゆきで言えば、鹿島みゆきと若松みゆき。
どちらかを選べなんて無理な話しです。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(1).jpg

パッケージの裏はこれ。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(2).jpg

テープ版2本組です。
現代の日本からポドリムス空間に移動するときにテープを交換したような気がします。←うろ覚え
僕の人生は、いつ2本目のテープに交換されるんだろう、とか思ってしまいますな。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(3).jpg

これがマニュアルです。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(4).jpg

今日はベストヒットUSAを観るときに、セブンイレブンから買ってきたベーコンチリの細切りポテトを食べました。
ただ、飲み物は麦茶にしました。
以前は、お酒や炭酸飲料水を飲みながら観ていたんですが、ちょっと前に血便が出て大腸にカメラを入れてしまったんです。
それ以来、飲み物はお茶や麦茶を中心にしています。はぁ~...


コメント(0) 

フリッキー その2 [レトロゲーム]

フリッキーの話しの続きです。

臼木くんはフリッキーの他にペンゴも好きで、ゲーセンに行くといつもプレイしていました。
ペンゴはパズル的な要素が強いアクションゲームで、臼木くんはその手のゲームが得意な人だったので、一度始めると結構長い時間プレイしていました。
たぶん、30分はいつもプレイしていたと思います。

僕と臼木くんが毎日のように通っていた、ミツバ・バッティングセンター(仮称)の横にあったゲームセンターにペンゴがあって、そこで、いつもプレイしていました。
ゲームセンターとは言っても、夏は暑く冬は寒いという典型的なプレハブ小屋でした。

臼木くんがペンゴが上手というのは、ゲームセンターに通っているメンバーの間では有名で、ペンゴのテーブルの前に立っただけでギャラリーが集まってきたものです。

そんなわけで、Windows用にセガメモリアル・セレクションというゲームが出たとき、その中身を見たら「ペンゴ」「フリッキー」「ファンタジーゾーン」だったので、なるほど~と思いました。
フリッキーが好きな人は、やっぱりペンゴも好きなんですね。よく、わかります。

セガ メモリアルセレクション Windows(CD-ROM版)(2).JPG

ケースの裏面には3つのゲームの紹介が書いてあります。
こういうのが書いてあるのって大事です。
企画した人が、これらのゲームに愛を持っているのがわかります。

セガ メモリアルセレクション Windows(CD-ROM版)(3).JPG

ペンゴって1982年だったのか...
フリッキーは1984年ってあるけど、もうちょっと前だったと勘違いしていました。
わりと新しかったんですね。

ディスク面に主人公キャラのドット絵が描いてあるというのも、素晴らしいセンスです。
やっぱり愛に溢れている。

セガ メモリアルセレクション Windows(CD-ROM版)(4).JPG

ペンゴはアクションパズルゲームとしては傑作だったと思います。
当時は、似た感じのゲームが出たり、投稿ゲームでもそのシステムを真似されていたりしましたからね。

これはI/O(1984年2月号)の広告です。

IO 1984年2月号 広告.jpg

実際にプレイしたことはないんだけど、多分、ペンゴ似のゲームなんだろうって思いました。
氷塊を飛ばして退治ってあたりが、ペンゴを匂わせます。
ただ、ペンゴの面白さって星ブロックを3つ並べるというパズル的な面白さなんですよね。
フリッキーの面白さもスクロールの爽快感と、ヒナを上手く導くパズル的なところなんですよ。

コメント(0) 

フリッキー その1 [レトロゲーム]

かなり眠いですが、ベストヒットUSAをリアルタイムで今日も観ました。
ビデオにも録画しているんだけど、やはりオンタイムで観ないとしっくりきません。
でも、週の中日は辛いなぁ...また週末に移動してくれないかな。

今日の特集だったロードって人は知りませんでした。
なんか、今日の番組の内容は個人的には盛り上がりに欠けた感じでした。
でも、来週はトレヴァー・ホーンとの対談なので期待大です。

また、80年代中心の内容になるんじゃないかと思うと、今から楽しみです。
ラジオ・スターの悲劇は、通勤時にかける曲リストに今でも入れています。
この曲を聴くと、自転車を駆って駅前までゲームをやりに行っていた頃を思い出します。

でまぁ、来週の予告を観てラジオ・スターの悲劇が聴きたくなって、今聴いていたらフリッキーのことを思い出しました。

その当時は、友人の臼木くん(仮名)が、フリッキーが好きでよくプレイしていました。
僕も臼木くんも可愛らしいキャラクターのゲームが好きだったので、フリッキーの他に、マッピー、トイポップ、ちゃっくんポップなんかを、いつもプレイしていました。

フリッキーは親鳥の後をついてくるヒナ鳥のなめらかな動きや、向きを反転させるときの軽やかなジャンプなんかが、操作していて気持ちよかったんですよ。
円筒形スクロールはファンタジーゾーンやシティコネクションなんかもですね。思い出されます。

僕の家の近所のゲーセンには置いてなくて、よくプレイしたのは街中にあったリューホテル(仮名)の地下1階にあったゲームコーナーでした。
このリューホテルには洋品店やヤマハの音楽教室なんかが1階、2階にあって、当時としては洒落た感じのビルでした。3階は高級そうな日本料理店がありました。
その上はホテルで、僕の中では地元でも高級なホテルというイメージでした。

でも、地下1階にはラーメン屋とか休憩コーナーなんかがあって、庶民的な雰囲気が漂っていました。
休憩コーナーの隣に観葉植物に挟まれて置いてあったのがフリッキーでした。

これはX1で遊んだ5インチ版のフリッキーです。

フリッキー X1、PC-8801シリーズ用(5インチディスク版)(1).JPG

パッケージの裏には画面写真があります。

フリッキー X1、PC-8801シリーズ用(5インチディスク版)(2).JPG

僕が持っているのは5インチディスク版です。

フリッキー X1、PC-8801シリーズ用(5インチディスク版)(3).JPG

マニュアルです。
ネコの名前は「ニャンニャン」って言ったのか...なんか、ここだけアダルトな感じがしますな。

フリッキー X1、PC-8801シリーズ用(5インチディスク版)(4).JPG

I/O(1986年3月号)の広告です。
よく見ると日立のS1とかMZ-1500とかも出ていたんですね。知りませんでした。

1986年3月(65).jpg

やっぱり、週の中日にこの時間まで起きているのはしんどいです。
ベストヒットUSA、週末に移動してくれないかなぁ...

コメント(0) 

ベストヒットUSAのCDボックス [音楽]

週の中日に夜遅くまで起きているのは結構しんどいんですが、ベストヒットUSAを観るためなので仕方ありません。
それに、最近はベストヒットUSAが始まるまでドクターGを観ているんで、あっという間に時間が過ぎます。
やはり、この歳になると病気の話しって気になるんですよね。

つい先日、ケツの穴にカメラをぶち込んでしまいまして、なんてゆーか、新たな世界を見たって感じです。
いや、検査の結果、大腸に何もなかったんで良かったんだけど。

自動車だって2年に1度、車検で全身を検査しているんだから、人間もやらないとだめだよなぁとか、カメラをぶち込まれながら思いましたね。

今から15~16年前に買った、ベストヒットUSAのコンピレーションボックスです。

DSC_0043.jpg

DSC_0044.jpg

DSC_0046.jpg

小林克也氏の写真と解説が付いていたので購入しました。
まだ髪の色が黒いですねぇ...

DSC_0048.jpg

ベストヒットUSA放送開始当初の話しは、「そんなことがあったのかぁ」と当時、リアルタイムで観ていた僕としては大変興味深いです。

DSC_0049.jpg

克也氏本人が記しているように「私がカメラに向かってしゃべっていた唯一の英語は『THE BEST HIT USA See you next week!』だった」というのは、納得できる話しです。
番組名は忘れてしまったけど、十数年前に日本語を学ぶ番組をやっていたこともあるから、実は日本語を大切にしている人なんだなぁとか思いましたね。

今日のベストヒットUSAはドゥービーブラザーズから始まりました。
いやぁ、素晴らしい。
僕が最初に聞いた曲もListen To The Musicでした。
好きな曲はThe Doctorでしたね。確か、CMで使われていた曲です。

ボブ・マーリーもわりとよくやっているような気がします。
まぁ、好きだからいいけど。

昔は、週末の深夜にベストヒットUSAを観ながら雑誌に投稿するハガキを書いていましたね。
一時期はハガキ職人でした。
投稿していたのは、主にパソコン雑誌やジュブナイル小説系雑誌(今で言うライトノベル)です。

パソコン雑誌にはプログラムも投稿していたけど、なかなか掲載されませんでした。
でも、雑誌の読者コーナーにはわりと掲載されてました。
テクノポリスに掲載されたときは、会員番号の付いた会員カードが送られてきました。

カードの表にはパコが描かれています。

会員カード表.jpg

カードの裏には読者コーナーの担当者だったキャラが描かれています。
(確か、ひろみちゃんだったような...)

会員カード裏.jpg

これは、ドラゴンマガジンの読者コーナーに掲載されると送られてきた会員カードです。
ドラゴンマガジンの読者コーナーはガメル連邦共和国と言っていたので、会員証も国民認定証です。

会員カードの表です。

ドラゴンマガジン会員カード表.jpg

これが裏。

ドラゴンマガジン会員カード裏.jpg

掲載されると、ガメル連邦共和国で使えるガメルというお金がもらえました。
ファミ通のガバスみたいなもんです。

ガメル表.jpg

ガメル裏.jpg

これらのカードは、お盆に帰省した際に実家の机の引き出しの中を見たら出てきました。
他にもまだあると思います。
ってゆーか、今更どうすればいいのかわかりませんが...

ところで、ベストヒットUSAのバックのセットって、今はちゃんとしているけど、一時期はCGを合成したバックでしたよね。
CGのバックはあまり良くなかったです。
やはり、ちゃんとしたセットのほうがしっくりきますね。

コメント(0) 

お盆も明けて [テレビ]

週の中日はベストヒットUSAです。
今日のオープニングはa-haのテイク・オン・ミーでした。
やはり、80年代洋楽は最高ですな。
明日も仕事があるから早く寝なきゃならないのに、テンション上がりまくりです。

そして、後半はヴァン・ヘイレンの特集でした。
JUMPはイントロを聴いただけでハッピーな気分になります。今でも、テレビ番組やCMのBGMでよく流れますよね。
小林克也氏が1984年の最高傑作と言っていたけど、その通りだと思います。
当時、中学生だった僕は、朝起きて学校に行くときにいつも口ずさんでいた曲です。

お盆中に実家に帰省した際に、80年代で時間が止まっている自分の部屋にある数々のアイテムの写真を撮影してきました。
ブログにアップしたいと思って撮影したんだけど、手当たり次第に撮影してきたため整理できていません。

ぼちぼちと記事を書いていきたいと思います。
それにしても、水曜日に午前0時まで起きているのはしんどいです。
やっぱり、ベストヒットUSAはビデオに撮って後から観るしかないのかなぁ...

コメント(0) 

ザース [レトロゲーム]

パソコンで、アニメ調の絵でSFのアドベンチャーゲームができるということで、かなり興奮してプレイしたゲームです。
こういうカッコイイ絵のSF物は、当時はあまり無かったように記憶しています。

とにかく、エニックスの広告のミリアのCG目当てで買った人が多かったんじゃないでしょうか。
これが、当時のザースの広告(I/O 1985年7月号)です。

1985年7月(66).jpg

BASICマガジン 1985年1月号(163).jpg

僕もミリアの絵に惹かれた一人なんですが、実際にプレイしてみると、ミリアの登場シーンって最初の物語の解説シーンで出てくるだけなんですよね。
いやはや、当時は完全にやられた感がありました。

僕がザースをプレイしたのは、近所にあった某N大学の学園祭です。
応用物理学研究部というサークルの出し物が、MZ-2000でのドアドアのプレイとFM-7でのザースのプレイだったんです。
どの辺が応用物理なんだろうかと思いますが、部屋の片隅に、オレンジに金属板が刺さったフルーツ電池があって、それが豆電球を光らせていたので、そのへんが応用物理なんだと思います。

この時にプレイしたザースはFM-7用ディスク版で、初めてディスク版のゲームをやったのがこの時でした。
5インチディスクで、アクセスするたびにガシャガシャとすごい音を鳴らすので、最初はそっちのほうに驚いてしまいました。

僕が買ったのはFM-7用テープ版です。
箱の表紙がスッゲーカッコイイ。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(1).jpg

箱の裏の画面は、いろんな雑誌に掲載された有名なものばかりです。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(3).jpg

作者のスタジオ ジャンドラには憧れましたねぇ。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(7).jpg

ちょっと前に、スタジオジャンドラの方が当時の事を語ってくれた記事をネットで見たんですが、なかなか厳しい環境で製作されていたみたいでした。

これがマニュアルです。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(6).jpg

ザースの舞台となる世界の説明です。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(8).jpg

ザース FM-7用(カセットテープ版)(9).jpg

最近のゲームでは、こういう世界観を説明するような文章(小説?)がなくてイマイチです。
こういう風に、世界観を知ってからプレイすると、感情移入が全然違いますからね。

まぁ、テープ版なんで、テープが1本入っています。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(10).jpg

物語の設定がSFっていうのは、80年代前半のゲームにおいては定番のようなものでしたね。
(80年代中盤あたりにファンタジーの世界観が広まっていった感じがします。)

僕の住んでいたところは田舎で、SFが好きでも話す相手がいないという状況でした。
ソノラマとかハヤカワとかを読んで、面白いなぁとか思っても話す相手がいないから、そのリビドーを自作ゲームの製作や自作の小説を書くことに向けていたもんです。

でも、四半世紀も過ぎてから、当時の同級生と会ったときに、自分がSF好きだったことを話したら、男友達や女友達の何人かは、実はSFが好きで眉村卓とか読んでいたしスターウォーズも観たとか言っていて、自分ひとりじゃなかったんだと知り愕然としたものです。

なんで、SF好きだと教えてくれなかったのか聞いたら、恥ずかしかったという答えが返ってきて、なるほどと思いました。
確かに、当時はSF好きというのはオタクの最たるもので、他人に知られたくないものという感じではありましたね。
同様に、マイコン好きとかも、ちょっと得体の知れないものが好きな人って思われそうで、隠していた友達もいました。

そう考えると、アニメ好き、ゲーム好きっていうのをおおっぴらに言える現在には、多少の違和感はあります。
やっぱり、SFとかゲームとかアニメとかって、隠れてコソコソとやるほうが楽しい気がするんですよ。

隠れたマニアな友人.jpg

コメント(0) 

ポケットコンピュータ PB-100 [レトロPC]

ベストヒットUSAが水曜日の夜に移動してしまい、金曜日の夜はさみしいものとなりました。
確か、ベストヒットUSAが復活した時も、週末じゃなくて平日の夜中だったと思います。
週の真ん中って、観辛いなぁ。
どうせ移動するなら土曜日の深夜に移動してくれればいいのに。

ところで、噂のラズパイを買いました。

DSC_0008.jpg

それにしても、こんなに小さいのに、ちゃんとしたパソコンなんですよねぇ...
ディスプレイやキーボードは別に用意しなければならないけど、それにしても小さいですよ。
フタを開けると、こんな感じ。

DSC_0009.jpg

こんなに小さいのに、LANポート、USBポート4つ、HDMI、音声出力が付いている。

DSC_0011.jpg

ラズパイでやりたいことはたくさんあるんですが、とりあえずマインクラフトってやつをやってみました。
が、どうやればいいのかわからず、3分で終了です。
3次元ぽいゲームは苦手なんですよ。
マインスイーパーは無いみたいだし。

この小ささはポケットに入るくらいだなぁと思って、試しにシャツの胸ポケットに入れてみたら入りました。
これで、れっきとしたLinuxマシンなんだから、いやはやホントにスゴイです。

で、ポケットにはいるコンピュータというので思い出されるのが、昔流行ったポケコンです。

1984年2月号(21).jpg

ポケコンは、その値段の安さから中高生に支持されていたと思うんです。
工業高校や大学の工学系に行っていた人なんかは、学校から買うように言われたって人も多いと思います。

僕は最初はカシオのPB-100を使っていました。
当時は結構な数が売れたみたいで、徳間書店からPB-100のムックが発売されたほどでした。

僕の友人はシャープのPC-1245を持っていて、このマシンはドットキャラクタの定義ができたので、画面が華やかでうらやましいなぁと思ったものです。

I/O(1984年2月号)に載っていたシャープのポケコンの広告です。

1984年2月号(20).jpg

PC-1245って17000円もしたんですね。
でも、17000円でモバイルコンピュータが手に入ったってことを考えると、そっちの方がビックリです。
今よりも、進んだ時代だったのかもしれない。

こうして、フル装備を見てみると、カッコイイですね。
これに音響カプラとかつないで、公衆電話からデータ送信できていれば、今のスマホも違う進化をしたんじゃないかと思うんですよ。

I/O(1984年2月号)に載っていた投稿プログラムです。
表示画面が1行しかないのに、アドベンチャーゲームです。
しかし、これがとでもイイ味を出しているのです。

1984年2月号(390).jpg

1984年2月号(391).jpg

ベーマガ(1985年11月号)の投稿プログラムです。
PB-100は内蔵のキャラクタを使用するしかなかったので、ゲーム性で勝負するプログラムが多かった気がします。

BASICマガジン 1985年1月号(138).jpg

このゲームなんか、キャラクタ文字を上手く使って泳ぐ雰囲気を出しています。
ずっと見ていると、ホントに泳いでいるように見えてくるから不思議です。
人間の想像力の凄さを感じることができます。

それにしても、ベストヒットUSAは週末の深夜が似合うんですよ。
テレビ局はそこんとこが、わかっていない。

懐パソ4コマ1.jpg


コメント(0) 

アルフォス [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAは、ポールマッカートニーとリンゴスターで始まりました。
リンゴスターの名前は久しぶりに聞きましたよ。
あだち充の漫画の「みゆき」に、顔はリンゴスターに似ているジョージ・ジョン・ポールって外人が出てきたなぁなんてことを思い出しました。

今日流したハリー・スタイルズの曲はイイですね。
なんていうか、「ああぁ、ヨーロッパ的だよね」って印象です。

番組で小林克也氏が話していたDJプロデューサーってのを初めて知りました。
DJって曲を作る人ではないと思っていたんで。まだまだ世の中知らないことだらけです。
それにしても、ベストヒットUSAは勉強になります。

ただ、最近は80年代の音楽特集をやらないから、ちょっとさみしいです。
僕は、自分のiPhoneに70年代や80年代の各年の洋楽ベスト100がすぐにわかるアプリを入れています。

1984年だと、プリンス、ティナ・ターナー、ポール・マッカートニー&マイケル・ジャクソン、ケニー・ロギンス、フィル・コリンズ、ヴァン・ヘイレン、ライオネル・リッチー、イエス、レイ・パーカーJr、カルチャークラブといった面々がトップ10です。

こうして見ると、なんとゴージャスで素晴らしい時代だったことかっ!
世界の宝とも言うべきミュージシャンがずらりと並んでいたんですねぇ。
そんなわけで、ベストヒットUSAには、現在のトップ20よりも80年代特集をもっとやって欲しいと切に願っています。

でまぁ、そんなことを考えてながらベストヒットUSAを観た後で、ふと森田和朗さんを思い出しました。

森田和朗さんと言えば、僕らの世代では伝説のゲームクリエイターですよね。
亡くなられてから、もう5年になります。
僕が知ったのは新聞のお悔やみ欄でした。亡くなってから一年ほど公表しなかったと書いてありました。50代でしたから、早すぎますね。

森田さんを初めて知ったのは「森田のバトルフィールド」です。
実際に遊んだことは無いけど、エニックスの広告で見て、すごく面白そうだと感じました。
ボードゲームのウォーゲームというのは知っていたので、それがパソコンでできるんだなぁと漠然とはわかりました。

その後、エニックスから発売されたシューティングゲーム「アルフォス」で衝撃を受けました。
アーケードゲームのような、なめらかなスクロールのシューティングゲームをパソコンでできるとは思ってもみませんでしたから。

当時、シューティングゲーム好きだった僕は、この調子で、どんどんシューティングゲームを作ってくれるんだと思っていたら、その後は将棋やオセロゲームとかだったので、「えーっ?」って感じでした。

これは、パソピア7版のアルフォスのパッケージです。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(1).JPG

パッケージの裏。
森田さんが若い。このときはまだ、医大生だったんですね。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(2).JPG

当然ながら、テープ版です。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(4).JPG

アルフォスの世界に入るためにも、マニュアルに書かれているストーリーは必ず読まなければなりません。
この当時は、こういうゲーム世界のストーリーがたいてい書かれていました。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(9).JPG

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(10).JPG

キャラクター紹介のページもあります。
ちなみに、自機の名前はニーモニック号です。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(11).JPG

マニュアルには、エニックスの当時の意気込みなんかも書いてありました。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(7).JPG


当時のI/O(1984年8月号)の広告です。
ちょっと見辛いですかね。

1984年8月(65).jpg

この当時は、パソコンで作られるシューティングゲームは、キレイな画面がどのくらいなめらかにスクロールするかっていうのは、一つの指標でした。

当時、僕もマシン語で横スクロールの簡単なゲームを作ったりしたけど、1キャラクタごとのカクカクとしたスクロールしかできず、なめらかなスクロールって、どうやってやるんだろうと想像もつきませんでした。

Windows時代の森田さんのゲームも持っています。
森田さんと言えば、やはりオセロや将棋ですから、1つは持っていないとなぁと。

IMG_5865.jpg

IMG_5866.jpg

IMG_5868.jpg

まぁ、このパッケージの裏に書いてある略歴のために買ったような感じでもありますがね。

コメント(0) 

源平討魔伝 その2 [レトロゲーム]

源平討魔伝はゲーム機でも出ましたが、その後、Windows用としても出ました。
X68000版を見たときのような衝撃はありませんが、Windows用が出たということで、遊びやすくなったのは確かでした。

CD-ROM版だったので、ディスクケースです。これがケースの表面。
ちょっと怖いパッケージです。なんだかディアブロ2のパッケージみたい。

源平討魔伝 Windows用(CD-ROM版)(1).jpg

ケース裏面です。

源平討魔伝 Windows用(CD-ROM版)(2).jpg

VMWareにインストールしたWindows XPにゲームをインストールしてみました。
クルクルと回って出てくるタイトル文字が素敵です。

源平討魔伝 VMWin用(1).jpg

源平討魔伝 VMWin用(3).jpg

この竹のスクロールがキレイだったんですよ。

源平討魔伝 VMWin用(2).jpg

これが噂のおばばさまです。
「おろかもの」なんて、おばばとマッチしか言わないよなぁと当時は思いましたね。

源平討魔伝 VMWin用(4).jpg

マイコンBASICマガジン(1988年4月号)に載っていた源平の広告です。
この記事を見た瞬間に、買うぞって決意しました。

マイコンBASICマガジン 1988年4月号.jpg

当時、ベーマガにはマイコンソフトの広告が多く掲載されていていました。
マイコンソフトが移植するナムコのゲームが好きでした。

そー言えば、この頃学校で習った鎌倉幕府成立の年は「いいくに作ろう鎌倉幕府」で1192年だったんだけど、今は違うみたいですね。
もともと頼朝って好きじゃないから、まぁどっちでもいいんですが。

コメント(0) 

源平討魔伝 その1 [レトロゲーム]

週末は、いつものようにベストヒットUSAです。
今月は土日に行事や仕事があってベストヒットUSAが観れない時が続いたので、やっと一息ついたなって気分ですが、よく考えてみれば、もう5月も終わりなんだよなぁ...

トップ20を観ていたら、結構イイ曲が多いなという印象でした。
クリーンバンディットの曲は好みでしたね。曲調が、僕のような古い人間には合っています。

今日のベストヒットUSAの最初で、マドンナのヴォーグのPVが出ました。
1990年のマドンナはやっぱりキレイで色っぽいですな。

90年代前半は僕にとっては、ヘビメタというか早弾き系を聴いていた時期なので、思い出すのはイングウェイとかインペリテリとかです。
あと、日曜日の夕方にシングライクトーキングの佐藤竹善と大江千里がラジオ番組をやっていて、毎週欠かさず聴いていました。どっちもAORな感じのラジオ番組で、当時、AORに興味を持ち始めていたんで。

でまぁ、その頃はどんなゲームをやっていたかというと、X68000を購入したため電波新聞社から出るアーケードからの移植ゲームをやったり、満開製作所のディスクマガジンに入っていたゲームなんかをやっていました。

X68000はゲームだけじゃなく、C言語を覚えたりパソコン通信をやったりと、90年代前半ではお世話になった機種です。

個人的にX68000のパワーを思い知ったのは、源平討魔伝をプレイした時でした。
あの大きな景清や弁慶が動いているのを見て、いやはや本当にびっくりしました。

源平のパッケージです。
源平といえば、この横スクロールのデカキャラのイメージが強いです。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(1).JPG

パッケージの裏です。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(2).JPG

X68000は5インチFDDを2基搭載でした。
HDDを内蔵するバージョンもありました。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(3).JPG

これがマニュアルです。
おばばの声って、一度聴いたら忘れられない声だよなぁ...
今でも、何かをやってて失敗したときとか心の中で聞こえるときがあるんですよ、「おろかもの」って。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(4).JPG

なぜか、卓上のぼりのオマケ付きでした。
家でゲームをやるのに、のぼりは立てませんけどね。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(5).JPG

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(6).JPG

僕の友人の臼木くん(仮名)は、源平の名人で、よくエンディングまで見せてくれました。
当時、自分の力ではクリアできなかったんで...

コメント(0) 

ミステリーハウス その2 [レトロゲーム]

いつものようにベストヒットUSAを観ながら書いてます。
ベストヒットUSAを観るときは、白角のロックとわさび味の柿の種(ピーナツ抜き)です。
以前は、わさび味の柿の種に入っているピーナツを全部食べてから、煎餅の方をゆっくりと食べていたんですが、最近になって、ピーナツ抜きの柿の種が売っていることを知り、今はそれを買っています。

「ピーナツ抜きの柿の種って売っていないかなぁ」って考えていたんですが、まさか発売されているとは思いませんでした。ってゆーか、世の中、同じことを考えている人がたくさんいるんだなぁって思いましたね。

メロンパンなんかも、パンの縁の部分が好きなんですよ。
ふっくらした部分は最初に食べて、縁の部分を後からゆっくりと味わうのが僕スタイルです。
メロンパンの縁だけとか売っていたら買いますね。たぶん。

でまぁ、ミステリーハウスの続きを書いていなかったので、書いてみます。
I/O(1984年2月号)の広告です。

1984年2月号(166).jpg

よく見ると「ミステリーハウス1」って書いてあります。
これは、ミステリーハウス2があるためです。

ミステリーハウス2は、下宿をやっていた友達の家に住んでいた某N大学の学生の人がMZ-80B版をプレイさせてくれました。
その後、このゲームは譲り受けました。

ミステリーハウスⅡ MZ用(カセットテープ版)(1).jpg

MSX版では城の絵でしたが、このパッケージの絵の方が、よりミステリーな家って感じで、しっくりきます。

ミステリーハウスⅡ MZ用(カセットテープ版)(5).jpg

ゲームはテープ版です。MZ-80Bはテープドライブ内臓ですから。

パッケージの裏には画面写真が載っています。

ミステリーハウスⅡ MZ用(カセットテープ版)(2).jpg

MZ-80Bはグリーンディスプレイ一体型のコンピュータでしたからね。なんとも、味があっていいです。
僕の中では、グリーンディスプレイって、いかにもコンピュータの表示画面的な感じで、未だに好きです。

PC-8001は未だにグリーンディスプレイにつないでいます。
I/O(1984年2月)の広告には、NECのグリーンディスプレイが数種類載っています。

1984年2月号(41).jpg

9型グリーンディスプレイなんか、デザインとしてもいい感じですよ。

MSX版のミステリーハウス2も出たんで、プレイした記憶があるんですが、ゲームは見つかりませんでした。
これも、おそらくは友達の家で遊んだのを勘違いしていたんだと思います。

MSXマガジン(1985年4月号)のアドベンチャーゲーム特集に、ミステリーハウス2の記事が載っています。

MSXマガジン 1985年4月号(93).jpg

MSXマガジン 1985年4月号(101).jpg

MSXマガジン 1985年4月号(104).jpg

MSXマガジン 1985年4月号(99).jpg

「よく使うコマンド」って書いてある意味って、わからない人が多いでしょうね。
アドベンチャーゲームといえば、コマンド入力で、どんなコマンドかを探すのが楽しみの一つでしたから。

MSXマガジン 1985年4月号(106).jpg

こういう、製作者へのインタビュー記事が、当時は好きでした。
どんな人が作っているんだろうって、いつも興味がありましたから。

それにしても、今日のベストヒットUSAは80年代のことはあまりやりませんでした。残念。
80年代中心でかまわないのに。
コメント(0) 

マクロス その2 [レトロゲーム]

今週のベストヒットUSAはゲストがcobaでした。
想い出の曲でクイーンのウィー・アー・ザ・チャンピオンを挙げていました。

クイーンて、いつ聴いてもクイーンだなぁと思っていたら、小林克也氏もクイーンは時代に当てはまらないみたいなことを言っていたので、その通りだと思いましたね。

最初に働いた会社にいた営業の女性で、フレディマーキュリーの大ファンで亡くなった日は喪服で出勤したという人がいました。
フレディが亡くなった時は一人暮らしをしていた頃で、ニュースで知って驚いたけど、喪服を着るほどではなかったかなぁとか思ったことを覚えています。

クイーンだとボヘミアン・ラプソディーとセイヴ・ミーが好きですね。
初めて聴いたのがセイヴ・ミーで、曲よりもフレディの声質にビックリしてしまいました。
これほど力強くて、それでいて繊細な歌い方をする歌手がいるなんてと衝撃を受けました。

中学の頃は、クイーンのレコードを持っている友達に頼んで、ボヘミアン・ラプソディーとセイブ・ミーをカセットテープに録音してもらって聴いていました。
ちなみに、クイーンはテープのA面に入れて、B面には飯島真理を入れてました。
そんな事を思い出したんで、マクロスカウントダウンの続きを書いてみますかね。

マクロスカウントダウンはMSX版も出ました。

マクロス カウントダウン MSX用(ロムカセット版)(1).JPG

マクロス カウントダウン MSX用(ロムカセット版)(2).JPG

MSX版の画面写真をみると、やはり見た目はX1版に劣ります。だけど、スピード感はあるし、ロムカセットなのでロード待ちも無いということでMSX版も好きです。

マクロス カウントダウン MSX用(ロムカセット版)(6).JPG

あと、パッケージのポスターも付いてきたり、ポスターの後ろがマニュアルになっていて、マニュアルのミンメイは可愛かったりと、なかなか充実しています。

マクロス カウントダウン MSX用(ロムカセット版)(4).JPG

マクロス カウントダウン MSX用(ロムカセット版)(5).JPG

ソフトについてきたアンケートはがきです。
郵便番号が5ケタというところに時代を感じます。

マクロス カウントダウン MSX用(ロムカセット版)(7).JPG

裏面のアンケート内容です。

マクロス カウントダウン MSX用(ロムカセット版)(8).JPG

2つ目の項目で「あなたのマイコン歴は?」と聞いているのに、次の項目では「ご使用のパソコンは?」と書かれていて、マイコンという呼び方とパソコンという呼び方の移り変わりの狭間の時期だったということが伺えますな。ホントかなぁ。

マクロスはテレビ版よりも映画版の「愛、おぼえていますか」を何度も観ましたね。
前売り券を買ってまで観に行ったんで、けっこう熱心なファンでした。
ビデオ版やLD版が発売されたときに、友人が買ったので見せてもらったりしていたので、DVD版を自分で買って観たときには、あまり懐かしいという感じがしませんでした。数年ごとに定期的に観ていたからでしょうね。

マクロスDVD01.jpg

初代マクロスは数年前から美樹本晴彦氏によって、漫画版が出ています。
最近では、漫画はほとんど買わなくなってしまいましたが、マクロスファーストは懐かしさのあまり買ってしまいました。

マクロス・ファースト4巻.jpg

中学の頃は、輝がミンメイを選ばずに早瀬未沙を選んだことが理解できなかったんですが、成人してからは、輝が未沙を選んだのはよくわかりました。
ミンメイは絶対に選らばいないなぁって、今ならわかります。

マクロスで、飯島真理さんのファンになって、30歳くらいまではアルバムが出れば常に買っていました。
今でも、ミスレモンとコケティッシュブルーはよく聴きます。

コメント(0) 

マクロス その1 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAはサンタナの特集でした。
あのギターの音色とうねりは、いつ聴いても刺激的です。

昔、サンタナ好きの友人が言っていたジョークで、
「クリスマスに家に来るのって、トナカイと何だっけ?」
「サンタ、な」
というのがあったのを思い出しました。

僕的には、サンタナの曲を聴くと、早朝に放送している天気予報を思い出してしまいます。
そんな番組を観た記憶は無いんで、サンタナの曲を聴いているときに早朝の天気予報の話しをしていたとか、そんな感じで記憶がごちゃごちゃになっているのかもしれませんが、もしかすると、そういう番組を観ていたのを忘れているのかもしれません。まぁ、おじいさんの白い手袋状態です。

小林克也氏が「最後に、最近のサンタナのライブ映像を観てみましょう」といったときに、まだトップ20を出していないことに気付き、これはもしかして、遂にトップ20すら発表しないのでは?と違う意味での期待感に胸をドキドキさせていたところ、ライブDVDの映像の下に申し訳なさそうに、トップ20が駆け足で表示されていきました。
はっきり言って、ライブ映像の邪魔にしかなっていませんでしたよ。

そして、ライブDVDは番組最後まで流れていて、番組最後のほうになって画面左下に小林克也氏が小さく出てきて、1位のアーティストについて駆け足で話して番組は終了でした。

まぁ、確かに観ている僕も、今のトップ20とか全く興味無いんで、これでいいんですけどね。
いっそ、トップ20の発表をやめてしまってもいいんじゃないか?と言う友人もいますが、それじゃあ面白くないわけですよ。
そんなわけで、最近は、どのタイミングでトップ20を発表するのか?というのも、ベストヒットUSAの楽しみの一つになっています。

でまぁ、サンタナの曲を聴いていると早朝の天気予報を思い出すのと同時に、イマイというプラモデルメーカーが出していたマクロスのプラモデルも思い出します。たぶん、記憶が混濁しているんだと思うけど。

マクロスって、いまだに新しいTVシリーズが作られ続けている作品ってだけでもすごいなぁと思いますよ。
当時は、日曜日の午後っていう、なんとも微妙な時間に放送されていたので、遊びに出ていてたまに観るのを忘れてしまったりしたときもありましたね。

当時は、男女の三角関係というストーリーには、あまり関心を持つことがなく、もっぱらバルキリーの変形に興味を持っていました。

F-14戦闘機がそのままロボットになるというのにたまげたし、なにより、それまでになかったガウォークのスタイルに釘付けになってしまいました。
中学生だった僕は、学校の掃除の時間に腰を曲げて歩くときには、心の中でガウォークになった気分で歩いていましたね。

メカの中では、バトロイドバルキリーとデストロイドモンスターがお気に入りでした。
なので、最初に買ったマクロスのプラモデルはバトロイドバルキリーでした。
色は戦車のような迷彩色で塗って組み上げてました。遊んでいたら、腰の部分でポキッと折れてしまって、唖然としたのを覚えています。
当時の僕は、プラモデルを作ったら、飾るのではなく妄想を膨らませながら遊んでいましたからねぇ、まぁ、仕方がありません。
その次に買ったのは、ミリアタイプのバルキリーでした。

地元のデパートのおもちゃ売り場で、お正月セールでマックスタイプとミリアタイプが売っていたので、お年玉で買いました。
ファイター、ガウォーク、バトロイドと3タイプに変形するやつでした。
組み上げて変形させて遊んでいたら、これまた足の付け根のところでポキッとなってしまって、ファイター以外に変形させることができなくなってしまいました。その後は、永久ファイター仕様として飾っていました。

そんな感じで妄想を膨らませて遊んでいた時に発売されたのが、パソコン用ゲームのマクロスカウントダウンでした。

マクロス カウントダウン X1用(カセットテープ版)(1).JPG

パッケージには、ミンメイの絵と変形後のマクロスです。

マクロス カウントダウン X1用(カセットテープ版)(2).JPG

X1にはPCG機能があったためか、出てくるマクロスのキャラクターがアニメと同じように見えて、とてもキレイだなぁと感じたものです。
PSG三重和音のBGMも、それなりに聴けて気分を盛り上げてくれます。

僕が持っているX1シリーズ用マクロスはテープ版です。

マクロス カウントダウン X1用(カセットテープ版)(3).JPG

マニュアルに描かれているミンメイは、ちょっと残念な感じですが、メカのイラストは割とカッコイイです。

マクロス カウントダウン X1用(カセットテープ版)(4).JPG

マクロス カウントダウン X1用(カセットテープ版)(5).JPG

マクロス カウントダウン X1用(カセットテープ版)(6).JPG

I/O(1985年7月号)のボーステックの広告です。
マクロスカウントダウンの広告が掲載されています。

1985年7月(76).jpg

1985年7月(77).jpg

テクノポリス(1985年10月号)では、ゲームのレポートが載っています。

テクノポリス 1985年10月号(62).jpg

テクノポリス 1985年10月号(64).jpg

テクノポリス 1985年10月号(80).jpg

記事のコメントにもあるけど、マクロスという作品はガンダムから数年を経て、再び熱心なファンを作った作品だったと思います。
画期的な作品だったから、当時の中高生はかなり影響を受けてしまい、その後の人生のジャイロコンパスを完全に狂わせてしまった人も多かったことでしょう。

コメント(0) 

ミステリーハウス その1 [レトロゲーム]

ここ3週間ほどベストヒットUSAを観ていなかったため、久しぶりの視聴でしたが、今日のタイトルを見たら「西寺郷太と80年代特集」となっていて、相変わらずの80年代フィーバーぶりに腰が抜けました。
いつ観ても80年代特集なので、、僕としては心静かに安心して 観れる数少ない番組です。

西寺郷太氏が80年代を代表する曲を選ぶということで紹介した曲はワムとマイケルジャクソンの曲でした。
「まぁー、そりゃそーだ」ってことで納得です。

73年生まれの西寺氏は小林克也氏を前にして恐縮しまくっていましたね。
その気持ちはよくわかります。
40代にとってはジェダイのような存在ですから。

マイケルジャクソンの曲で紹介されたのは、スリラーでした。
CGとかが無かった時代なので、特殊メイクのゾンビを今見ると、どちらかというと愛嬌があります。
スリラーは友達のお兄さんがレコードを買ったというんで、頼んでカセットテープにダビングしてもらい、パソコンでゲームをしながら聴いていましたね。

とくにマッチしたゲームはミステリーハウスでした。
初めてプレイしたミステリーハウスはX1版だったと思っていたんだけど、探してもゲームが見つかりませんでした。
たぶん、友達の家でプレイしたのを、自分の家で遊んだと勘違いしていたんでしょう。

MSX版のミステリーハウスは、駅前にあった丸井デパートのパソコン売り場に行ったときに偶然見つけました。

ミステリーハウス MSX用(カセットテープ版)(1).jpg

ミステリーハウス MSX用(カセットテープ版)(2).jpg

パッケージの古城の絵がいい雰囲気を出しているんですが、パッケージの裏の画面写真を見ると、3LDKの建て売り一戸建てみたいなグラフィックで、なんともしょぼいです。

ゲームはテープ版でした。

ミステリーハウス MSX用(カセットテープ版)(3).jpg

マイクロキャビンのパイプをくわえたヒゲの人のイラストが描いてあります。
これって、マスコットキャラクターだったんでしょうか?
当時、よく見かけたんで。

パソコン雑誌の広告を見てもMSX版が発売とは書いていなかったので、出ていないと思っていただけに、見つけたときはニセモノじゃないか?と疑ってしまいました。
ただ、値段が2800円と比較的安かったので即買いしました。

その後、パソコン雑誌の広告にもMSX版のミステリーハウスが掲載されました。
I/O(1984年2月号)の広告です。1984年2月号(163).jpg

1984年2月号(166).jpg

ミステリーハウスは、別冊コロコロコミックで連載されていた、すがやみつる先生のパソコン紹介漫画で知りました。
アップルで遊べる本格的な推理ゲームだと書かれていて、プレイしたいなぁとずっと思っていたゲームです。

有名な話しですが、本家アップル版は、宝物を探すのと同時に殺人事件もおこるんですよ。
それに対して、日本版はお宝を探す探索物となっていて殺人事件は無いんですよね。
当時は、宝探しのみに集中できる点が、僕的にはわりとよかったです。
どちらかというと、探検するようなゲームが好きなんで、本家にある殺人事件の要素は無くてもいいかなぁと思っていました。


コメント(0) 

ナムコの話し その2 [レトロパソコン雑誌]

今日は80年代に売れたベストアルバム特集でした。
80年代って限定しているだけでも素敵過ぎるのに、ベストアルバムの特集って...
もはやランキングですらないという、素晴らしい構成です。

アメリカでベストアルバムが1番売れた人はマイケルジャクソンで、2位がイーグルス、3位がビリージョエルだと小林克也氏が教えてくれました。なるほど。

最初の曲が、僕の好きなビリージョエルのアップタウンガールでした。
曲中で「アップ・タウン・ガール~♪」って歌っているところが「とっつあんがぁ~」って、どーしても聴こえてしまうんですよ。空耳アワーです。
個人的には、アレン・タウンなんかが好きなんで、今度、ビリージョエル特集をやってくれると嬉しいんだけど。

イーグルスはホテル・カリフォルニアのライブ映像でした。いつ聴いてもいいですねぇ。

CMを挟んで、現在のトップ20を紹介していたけど、時間にして4~5分くらいでした。
しかも、トップ20を小走りで紹介し終わったら、またCMに入るという...

ホテル・カリフォルニアのライブ映像よりも短い気がするけど、まぁ、ベストヒットUSAを観ている人はそんなことを気にしないからね。これでオケ。
現在のTOP20なんて、いっそ、オープニングタイトルが流れている間に、画面の隅に流していればいいんじゃないかと思うんだけど。

2回目のCMの後は、ボブ・マーレーのことをたっぷりと話してくれました。
ボブ・マーレーの信念とか生き様とかを簡潔に、しかし、魅力的に話してくれる小林克也氏はスゴイですね。歩く生き字引です。

次週予告が「来週もこだわりの選曲」としか出ていなくて、なんかもう期待よりも、こんな好き勝手にやっていて、はたして来週も放映できるんだろーか?とハラハラしてしまいます。

そんな、ベストヒットUSAを観た後は、やっぱり80年代ゲームを思い出してしまいます。
ナムコが出していた情報誌「NG」の続きです。

ナムコNG.jpg

このNGには、僕の好きなゲームの1つ「ワンダーモモ」が載っています。
この頃、魔女っ子シリーズが流行っていた時期だと思います。

ナムコNG(2).jpg

ナムコNG(3).jpg

なんてゆーか、すごくベタな作りなんだけど、まさしく待ち望んでいたゲームなんだと感じました。
ゲーセンの後、PCエンジンで出ていたので、PCエンジンで遊んだりしました。
その後、ワンダーモモはプレステのナムコミュージアムアンコールに入りました。

ナムコミュージアムアンコール(3).jpg

ナムコミュージアムアンコール(4).jpg

ナムコミュージアムアンコール(5).jpg

これが、マニュアルです。なんか、カッコイイですね。

ナムコミュージアムアンコール(2).jpg

CDケースは、さらに大きな特別なケースに入っていました。

ナムコミュージアムアンコール(1).jpg

NGには、こんな記事も載っていて、町のミニコミ誌みたいな感じです。

ナムコNG(4).jpg

ナムコNG(5).jpg

「キャロット」の記事があります。うーん、懐かしい。
4コマ漫画がとくに味があります。

ナムコNG(6).jpg

このNGは1987年3月号。
ちょうど、今から30年前です。
紙面を見ていても、とても今から30年前の話しとは思えないくらい、今と変わりないような感じです。

でも、よくよく考えてみると、こういう情報って今はネット上にあって、スマホで見たりするんですよね。
そう考えると、やっぱり30年前なんだなぁ~とか思ってしまいます。


ぎゅわんぶら自己中心派 [レトロゲーム]

高校のときにX1turboⅢを買ったんですが、いつも遊んでいたのが「ぎゅわんぶらあ自己中心派」でした。
他にもいろんなゲームをやったし、プログラムを作って投稿したりもしたけど、ぎゅわん自己をプレイしていたことを強く覚えています。

ゲーム開始のときのサイコロの動きがリアルで、それに感動しましたね。
あと、漫画のキャラが画面に出ているのも良かったんですよ。賑やかで。
何よりもパッケージが楽しそうでイイんですよ!

ぎゅわんぶらあ自己中心派 X1用(5インチディスク版)(1).JPG

ぎゅわんぶらあ自己中心派 X1用(5インチディスク版)(2).JPG

パッケージの裏も楽しいです。
タコの「と…とおった」というセリフは、危険な牌を捨てるときに良く言う言葉です。
当時の麻雀仲間では流行っていました。

最初に遊んだぎゅわん自己はX1用5インチディスク版です。

ぎゅわんぶらあ自己中心派 X1用(5インチディスク版)(3).JPG

マニュアルです。

ぎゅわんぶらあ自己中心派 X1用(5インチディスク版)(4).JPG

ぎゅわんぶらあ自己中心派 X1用(5インチディスク版)(5).JPG

マニュアル内にある、この言葉。

ぎゅわんぶらあ自己中心派 X1用(5インチディスク版)(7).JPG

まさにその通りだと思います。
ガマンできずに、何度役マンに振り込んだことか...

MSX版はMSX、MSX2の両対応になっています。

ぎゅわんぶらあ自己中心派 MSX用(ロムカセット版)(1).JPG

ぎゅわんぶらあ自己中心派 MSX用(ロムカセット版)(2).JPG

ロムカセットなんで、起動が速かったですね。

ぎゅわんぶらあ自己中心派 MSX用(ロムカセット版)(3).JPG

麻雀の点数計算は高校の頃に覚えました。
その時の本は今でも持っています。

麻雀本2.jpg

発行年を見ると、昔だなぁと感じます。

麻雀本1.jpg

覚えた点数計算の練習にも、麻雀ゲームは役にたちました。
上がると、役、符について表示してくれるため、自分の計算が正しいかどうか確かめることができるからです。

色川武弘(阿佐田哲也と言ったほうが有名だけど)の小説を読み始めたのもこの頃です。
色川武弘氏の小説は、中学の時の友人の椛島君(仮名)に教えてもらって知りました。
椛島君は博識で絵も上手く、いろんなことを教えてもらいました。

中学の時に椛島君と椛島君のお父さんと三人で、椛島君の家で麻雀をやったことがありました。
サンマをやるのは初めてだったし、なによりも大人の人と麻雀をやるのが初めてだったので緊張してしまい、どんな役を作ったかイマイチよく覚えていません。

半荘やって終わりにして、あとは朝までテレビゲームをやっていました。
椛島君はファミコンが出てすぐに購入していたので、ドンキーコングが家で遊べました。
しかも、自分の部屋にテレビとファミコンがあったので、非常に羨ましかったですね。

社会人になってしばらくは麻雀から遠ざかっていたけど、転勤した先の職場に麻雀好きがたくさんいたので、麻雀大会をひらいたりしました。
職場の有志で麻雀同好会を作って、3か月ごとのリーグ戦をやったりしてました。このときの麻雀同好会の合言葉は「金を賭けずに、プライドを賭ける」でした。

金銭のやりとりはしないで、優勝者は、みんなで褒め称えるとうスタイルでした。そのためか、最盛期には職場の人間の3分の1近くの人間(管理職も含めて)が所属するという大所帯になったこともありました。

みんなでお金を出し合って優勝トロフィーを作ったりして、表彰式なんかもやりましたね。
なんだかんだで2年くらい続いたと思います。
結局、転勤とかでメンバーがいなくなったのとか、仕事内容が変わったりして職場の雰囲気が悪くなったりして、同好会は無くなりました。

僕の仕事人生の中で、東京で働いていたときと麻雀同好会を作ったときの職場が、最高に楽しかった時期ですね。

2000年代麻雀風景.jpg

TANTANたぬきのゲームって知っている人いるのかな? [レトロパソコン雑誌]

今日のベストヒットUSAのゲストは藤井尚之でした。
元チェッカーズのメンバーですね。
小林克也氏との話しの中で、昔、シンディローパーが可愛くて好きだったと言ってました。
まぁ、確かに、昔のシンディは輝いていましたね。童顔だったし。
タイム・アフター・タイムのPVを久しぶりに観ました。やっぱりイイ曲です。

チェッカーズと聞くと、ポニカから出ていたMSX用「TANTANたぬき」を思い出しますよね。

1985年7月(49).jpg

tantanたぬき.jpg

同名の映画の公開に合わせて発売されたゲームだったような気がします。

アイドルを前面に出したゲームって、昔からあって、僕がずっと好きな原田知世ちゃんが主人公のゲームも昔ありました。

1984年2月号(131).jpg

I/O(1984年2月号)に載っていた「原田知世の時をかける少女」ゲームです。
時をかける少女と全然関係ない内容のような気もするんですが、知世ちゃんのCGはそれなりにいいです。

これもI/O(1984年2月号)に載っていた「原田知世のシネマパズル」ゲームです。

1984年2月号(132).jpg

このCGは、ちょっとヒドイと思います。
で、この広告ページに意外なゲームが載ってました。

1984年2月号(137).jpg

1984年2月号(140).jpg

去年、亡くなってしまいました。
このクイズ番組のオープニングで「クイズダービー」って言った後、「ガッコン」って音がするんですが、長い間、何の音なのかわかりませんでした。
ですが、競走馬がスタートで待っているときに閉じていたゲートが開く音だということが後年になってわかり、「あぁ~!」と思った記憶があります。
画面をよく見ると、篠沢教授がそっくりですね。

これらのゲームはタカラ(現タカラトミー)から出ていたんですね。

1984年2月号(128).jpg

タカラ、なかなかやるな。


ナムコの話し その1 [レトロゲーム]

先週のベストヒットUSAはジョージ・マイケルの追悼特集で、今日はポールマッカートニーがもうすぐ来日するということでの特集でした。
もはや、グラミーとかまったく関係の無い番組進行が大変素晴らしいと思います。

ジョージ・マイケルは、最初はネクラな曲を作っていて売れなかったっていうのは、知らなかったのでビックリでした。
それと、曲と歌詞をすべて頭の中で作ってしまう天才だったというのは納得できる話しでした。
昔、ラジオでそんなことを聞いたことがあります。
ワムの頃のPVを観ると、ホント、カッコイイんですが、なんてゆーかアッチ系の人だとは思わなかったですね。、
それにしても、今日なんかはトップ20の紹介がエンディングのテロップと一緒という、なんだかスゴイ展開でした。
もはや、現在のトップ20とかって、紹介する気が無いんかなとか思ってしまいます。
そんな小林克也氏には長生きしてもらい、まだまだベストヒットUSAを続けてもらいたいものです。

そんな中、新聞にナムコの創業者の中村氏が亡くなったとありました。
ナムコは、日本のゲーム業界をけん引してきた企業の1つということは周知の事実で、僕の青春時代には、そばにはいつもナムコがありました。

ナムコと言えば「NG」ですね。
地元のデパートにあったゲームセンターで配っていたのを、たまにもらってきていました。
そうそう、中村氏は「パックマンの父」と呼ばれていたと新聞に書いてありました。

ナムコ NG(2).JPG

ナムコ NG(3).JPG

インターネットとか無かったから、こういった冊子でいろんな情報を手に入れていたし、企業もフリーペーパーのような情報誌を発行して情報発信を積極的にやっていたから、最新の情報やコアな話しまで、わりとすぐに入手していました。

ナムコ NG(7).JPG

おっ!秋元夫人が載っていました。
けっこうカワイイ感じでしたね。

ナムコ NG(6).JPG

あの形のものは、今ではみんなパックマンって言うから、やっぱりナムコって偉大だなぁ。

ナムコ NG(8).JPG

ナムコ NG(9).JPG

なんか、このほのぼの感がいいです。
今のゲーム製作には、こういうほのぼの感が無いなと感じます。

音楽テープ [音楽]

新年、明けましておめでとうございます。>普段、連絡を取っている方々
年明け早々に不幸があり、今年は喪中となります。
おそらく、秋頃に喪中の葉書を送ります。

れいによって金曜日はベストヒットUSAを見ながらの晩酌の日ですが、今回は、ティト・ジャクソンがゲストできていました。マイケル・ジャクソンのお兄さんですね。あと、思い出すのがジャクソン5。
中学校を2回卒業したといういわくつきの友人が、ジャクソン5のモノマネがすごく上手くて、たまに聴きたくなります。

マイケルは好きでしたね。
最初に聴いた曲はビートイットでした。
中学の時の友達のお兄さんが洋楽のレコードをたくさん持っていて、その人が気に入った曲をカセットテープに入れて僕にくれたんですが、その中にビートイットが入っていました。
いやぁ、新鮮でした。メロディとリズムのスピード感が、それまでには聴いたことがないものだったので、すぐに虜になりました。

マイケルのビートイットの他には、ワムのラスト・クリスマスやA-Haのテイク・オン・ミー、ジョー・コッカ―の愛と青春の旅だちの主題歌なんかが入っていました。
そういえば、ジョージ・マイケルは突然亡くなってしまいました。
最近、あまり聞かないなぁとか思っていた矢先でした。
関係ないけど、僕の好きなボウリング・フォー・スープというバンドが「1985」という曲のPVでジョージマイケルのコスプレをしていて、全然似ていないのに、お尻をクイクイ動かすだけでジョージマイケルに見えてしまうのに驚いたのを覚えています。

正月に帰省した際に、昔のカセットテープの写真を撮ってきたんですが、撮影した中に、そのテープの写真があったので載せます。

その他(1).jpg

その他(2).jpg

当時はカセットテープに好きな曲を入れて、カセットレーベルとレタリングシートを買ってきて、自分だけのアルバムなんかを作っていました。
このレーベルのデザインはマンハッタンです。
当時の憧れの街です。

お約束通りですが、うる星やつらのカセットレーベルもたくさん買っていました。

うる星やつらその1(1).jpg

うる星やつらその1(2).jpg

ユーミンのダイヤモンドダストが消えぬ間にを録音しています。

うる星やつらその1(3).jpg

このラムさんは森山版のだと思います。アニメ後期の頃じゃないかな。

うる星やつらその2(1).jpg

うる星やつらその3(1).jpg

うる星やつらその3(2).jpg

これは米米クラブのKOMEGUNYが入っています。
当時、浪漫飛行を聴いてビックリしました。イイ曲だなぁって。

当然ながら、ダーティペアも。

ダーティペアその1(2).jpg

ラムさんもダーティペアも土器手版が好きです。

ダーティペアその2(1).jpg

ダーティペアその2(2).jpg

このカセットにはフォリナーのアルバム、インサイド・インフォメーションが入っています。
このアルバムでフォリナーが好きになりました。
当時は、未来的かつ都会的な感じがしました。

あと、めぞん一刻もです。

めぞん一刻その2(1).jpg

めぞん一刻その1(1).jpg

レリングシートも何種類も持っていましたね。
入っている曲の雰囲気に合わせてフォントを変更していましたよ。
人間MS Word状態です。

ロードス島戦記です。

ロードス島戦記その1(1).jpg

ロードス島戦記その1(2).jpg

ロードス島戦記その2(1).jpg

この頃のコンプティークは勢いがありましたね。
毎月、読んでいました。
グループSNEもすごかったし。
ガイナックスも連載していましたね。


前の30件 | -