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ロードファイター その3 [レトロゲーム]

年に1回か2回、背中から腰にかけて、とてつもない激痛が走るときがあります。

初めてなったのは20年くらい前なんですが、ヘルニアになったのかと思って病院に行ったら、ヘルニアではないと診断され、その後も何回か病院で診てもらったりしているんですが、結局原因はわからないんです。

でも、この痛みが出るとまったく動くことができなくて、治まるまで大抵は丸1日はかかります。
そして、今年1回目の痛みがこの前の日曜日にきました。
いやぁ、まったく動けなかったですね。

で、動けない間は何もできないんで(当たり前だけど)、ブログに書くことをずっと考えていました。

そんなわけで、またロードファイターの続きです。

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わんぱくアスレチックみたいなゲームが中学の頃は好きで、自分で作るゲームもこんな感じのが多かったですね。
画面内にいろんな仕掛けがあってにぎやかなゲームってのが好きです。
中学の頃、地元のダイエーのパソコン売り場に会ったMSXで、このゲームを遊ぶことができて、よくやってました。

ロードファイター MSX用(ロムカセット版) (18).jpg

マジカルツリーはプレイしたことが無かったと思うんですがね。よく憶えていないんですよ。
説明文を見るとアパッチ君とか書いてあるけど、今はこんなゲーム設定じゃ発売禁止だろうなぁと...
だからといって、アメリカンネイティブ君でも変だろうし。
今の時代では、彼には的確な名前を付けてあげられなさそうです。

ロードファイター MSX用(ロムカセット版) (19).jpg

サーカスチャーリーはゲーセンにもあったと思います。
当時、家の近所にスケートセンターがあって、リンク横のゲーセンに置いてありました。
陰からチャーリーを見守っているのは、ゾウのお母さんだと友達から聞いて、ちょっと感動しましたね。
飛馬のお姉さん的な存在です。

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モン太のいち・に・さんすう。
う~ん、こんなゲームは憶えていないなぁ...

でも、昔、パソコンは勉強するゲームもあるからパソコンを買うと勉強もできると親を騙して買ってもらっていた人もいたと聞いたことがあります。
親も、パソコンが何なのか、よくわからなかったから、そういうものなのかと思ったんじゃないかと。
そういう時に引き合いに出されるようなゲームですかね。

ロードファイター MSX用(ロムカセット版) (21).jpg

イー・アル・カンフーはファミコン版、アーケード版もありましたね。
このパッケージのイラストがカッコ良過ぎ!
アーケード版はジャスピオンで主人公が遊んでいたのが印象的です。

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モピレンジャー?
これは、MSXマガジンの紹介記事でしか見たことがないです。

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王家の谷
これは、面白かったです。
アクションパズル的なゲームで、気分はなんとなくインディ・ジョーンズです。

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ピポルス
うーん、これも知りません。
画面写真はMSXマガジンで見たことがある気がするんだけど...

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スカイジャガー
これは、初めて画面写真を見たときに、ゼビウスみたいなゲームだと思って、凄くやってみたいと思ったやつです。

で、友達が買ったので、やらせてもらったら、まぁ、なんてゆーか、期待が大きすぎたために「ふーん」って感想になってしまいました。
MSXのゲームとしては良くできていると思うんだけど、ホント、期待が大きすぎたんですよ...

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ロードファイター

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コナミ・ハイパーラリー
これも、パッケージのイラストからは中身が想像できないです。
関係ないけど、ライトは丸目が一番ですね。
僕としては、丸目2灯ってのがカッコイイと感じます。

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ゲームをやっていても、外で遊ぶのが子供だと、当時の大人は思っていたんでしょうね。

まぁ、確かに、こんな僕でも小学生の頃って、わりと外で遊んでいましたしね。

稲刈りの終わった田んぼで野球やったり、ゲイラカイト飛ばしたりしたし、某N大学の裏にあった溜め池に魚釣りに行ったりしていました。

ゲーセンにも毎日のように行っていたし、結構漫画や小説も読んでいたし、よくもまぁ時間があったものだと思います。

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ロードファイター その2 [レトロゲーム]

数か月前のことですが、偶然にもマイケル・フォーチュナティのギブミーアップをラジオで聴いたんで、友人の鳥川さん(仮名)に「マイケルフォーチュナティーのギブミーアップを聴いた」とメールを送ったら、「マイケル・フォーチュナティの声を聴くとリックアストリーを思いださね?」という返事が返ってきました。

なるほど、そういうパブロフの犬かと思ったんですが、リック・アストリーのCDを実家に置いていたんで、そのまま、その話題は放置していました。

ところが、先週末に法事で帰省した際にふと思い出したんで、CDを聴いてみたら確かに似ていますな。
ただ、僕はどっちかというと菅原洋一さんを思い出しましたけどね。

ギブミーアップはBaBeが有名ですし、僕もBaBeのアルバムはいいアルバムだと思います。
でも、ギブミーアップで一番は長山洋子さんだと思います。

洋子さんも今でも好きなアイドルの一人で、テレ東が観れたときは洋子の演歌一直線をかかさず観ていました。
でも、やっぱりアイドル時代のほうが好きかなぁ。

洋子さんの曲で一番印象に残っているのは「瞬間はファンタジー」です。
NHKアニメのOPだったんだけど、はじけるようなポップスで、健康的でかわいい洋子さんにぴったりの曲でした。

このOP曲が入っているアルバムはあるんですが、ED曲の「ハーフムーンの気持ち」が入っているアルバムは探してもなかなか見つからず、後になってからアニメソングのオムニバスCDの中に入っているのがわかり、やっと購入しました。

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あと、はずせないのが「瞳の中のファーラウェイ」ですね。
これは、ホント名曲です。
ファイブスターストーリーズのテーマソングですね。

当時、地元の駅前にあった映画館に観に行ったら客が数名しかいなくて、しかも、そのうちの2名が友達だったというオチです。
「え!?おまえも好きだったの?」
みたいな感じで、ちょっと嬉しかったですね。

で、「瞬間はファンタジー」を聴きながらブログの内容を入力していたんだけど、ビデオに録画したベストヒットUSAを観ていたら、ポリスの曲が頭から離れなくなってしまったんで、邦題「見つめていたい」を聴いていますよ。
アリー・マイ・ラブにゲスト出演したときに、アリーに歌ってあげた曲ですね。

そんなわけで、ロードファイターの続きを書いてみます。

当時、ゲームカタログなんてものが、パッケージソフトには付いてきていました。
こんなものです。

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グラディウス以前だと、コナミのゲームと聞くとハイパーオリンピックの印象が強いですね。

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ゲームは当然ながら面白いんだけど、このイラストがまたリアルで凄いですよ。

で、次のページを見ると、ハイパースポーツです。

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こちらはパッケージのイラストがコミカルな感じになっています。
なんで方向転換したのか不思議です。

これは、ちょっとアメコミ風。
アーチェリーの人なんかは、クラーク・ケントですよ。
プロジェクトA子のお父さんですね。ネタばれですが。

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で、ハイパーオリンピックと言えば、ハイパーショットです。
これが無いと、MSXのカーソルキーが壊れてしまいます。

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当時のゲーセンにあったハイパーオリンピックの台は、プレイヤーがボタンを激しく擦ったり叩いたりしたため、変色したり形がゆがんだりしていました。

僕の友達が使っていた技は、ボタンを早く上下させるために、スチール製の定規を持ってきてその定規を激しく上下に動かして定規の上下運動でボタンを叩く技や、ガチャガチャのカプセルを握ってボタン上を左右に行ったり来たりさせることでボタンを上下運動させたりする技でした。

こんな無茶なことをしていても、お店の人には注意されなかったから、今考えると、おおらかな時代でしたね。

コナミのテニス、ゴルフ、ベースボール。
この辺のスポーツゲームは定番でしたね。
たいていのパソコンには、ゴルフ、野球、テニスゲームが発売されていましたから。

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コナミのピンポンは抜群に面白かったですよ。
手とラケットだけっていうのも、ナイスアイデアです。

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けっきょく南極大冒険は、なかなかクリアできなかったことは憶えています。
中学の時、剣道部に入っていたんだけど、その時の後輩の信濃くん(仮名)がMSXと松下のJR-200を持っていて、MSXで一番面白いゲームはけっきょく南極大冒険だと言っていたのが、今でも忘れられません。

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当時の僕は、JR-200のゲームと比べたらMSXのゲームはどれも面白いよって思ったんだけど、なんか嫌味っぽいと思って言いませんでした。

そんな後輩は、大学を出た後で、窓枠とかドアを製造する会社を経営する人の娘と結婚して、今では2代目の社長となっています。
10年くらい前に、実家の近所にある床屋に久しぶりに行ったときに偶然会って、その時に近況を教えてもらったんです。

そんな信濃くんは婿養子に入ってしまったから、名前も変わってしまい、中小企業の社長業の大変さからか頭髪も薄くなっていて、人生まで大冒険してしまっているんだなぁと感じましたね。
まぁ、ただのサラリーマンの僕に言われたくないだろーけど。

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ロードファイター その1 [レトロゲーム]

1970年代の重要な出来事はビートルズの解散です、から、今日のベストヒットUSAは始まりました。
そして、ビートルズを辞めた後のポールの説明では、愛情あふれる内容でした。

あと、ザ・バンドについても、いろいろと教えてくれました。
いつも思うんだけど、もっと小林克也氏の話しが聞きたいんですよね。
30分の時間内で曲は1曲くらいでいいんで、80年代の洋楽裏情報をもっと聞きたいんですよ。。
今のヒットチャートとかは、聴いてももうよくわかりません。おっさんですから。

ポールのSilly Love Songsは、昔、曲は知っていたけど誰が歌っているのかわからなくて、ずいぶんと後になってからポールの歌だと知りました。

でまぁ、ゴールデンウィークに帰省した際に、ロードファイターの写真を撮影してきたんですが、ロードファイターよりも、カセットに付いてきたコナミのゲーム紹介冊子の方が面白かったので、そっちをメインに撮影してきました。

ロードファイターはファミコンにもあったけど、僕はMSX版の方をプレイしていたので、想い出はMSX版です。

テクノポリス(1985年10月号)に紹介記事が載っています。
カウンターをあてて車の体勢を整えるのが、凄く気持ちよかったですね。スピード感もバッチリでしたし。

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テクノポリス 1985年10月号(86).jpg

これがパッケージです。

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なんだか、スゴイ車だと思わせる真っ赤なスーパーカーです。(スポーツカーじゃない)
そして、カッコイイ外国人のドライバーはフルフェイスのヘルメットをかぶっています。
なんとなくフランスっぽいデザインのヘルメットも素敵です。

って、このパッケージのイラストからゲーム画面を想像するのは至難の業です。
これはパッケージの裏です。

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全然、イラストは関係ないじゃんっ!って感覚は、当時は無かったですね。
脳内補完のためのイラストですからね。
僕の頭の中では、真っ赤なスーパーカーを運転する外人ドライバーが、この画面には見えていました。

カートリッジには、もっと広い範囲のイラストが見てとれます。

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これはマニュアルです。
青色の感じもいいかもしれない。

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ゲーム画面の説明は。当然ながら手書きのイラストです。

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来週はポリスの特集とスティングのインタビューがあるとの予告を観て、俄然、元気が出てきましたよ。
やっぱり、ポリスはいいですね。

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30年前の雑誌、MSXFAN、5月号を読み返す その2 [レトロパソコン雑誌]

ゴールデンウィークも今日で終わり。
なんてゆーか、もうしばらくゴールデンウィークが続いて欲しいですね。あと1カ月くらい。
でも、1カ月も続くとウィークじゃなくなるから、無理なんだろうってことはわかります。

で、ゴールデンウィーク最後の休みを惜しむように30年前のMSX FANを読み返していました。

当時、MSX FANを購入していた人のほとんどは、読者投稿プログラムが目的だったんじゃないかと思うんですよ。

僕も、投稿プログラムコーナーのファンダム目当てで買っていましたからね。

1画面内に収まるほどの短いリストのゲームから、何画面ものリストからなる大長編ゲームまで、バラエティに富んだ投稿プログラムは、その画面写真を見ているだけでも飽きないものでした。

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このボーリングゲームなんかは、当時、リストを入力して実際に遊びましたが、非常に面白かったのを憶えています。

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そして、よく掲載される投稿者なんかだと、名前を覚えたりもしましたね。

この、たこの海岸物語の作者の米屋のチャチャチャ氏は何度も採用されていて、作るゲームも面白かったという印象があります。

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あと、投稿プログラムの技術なんかを解説するコーナーもあったりしたので、プログラムを作るための勉強もできました。

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投稿プログラムを入力するのが大変だという人のために、カートリッジに収めて売られたりもしていました。

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1988年5月号って、一周年記念号だったんですね。って30年前のだけど。

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1周年の記念イベントの模様も載っています。

開催地が東京、名古屋、大阪、広島、福岡と、僕の住んでいた所からは遠いところばかりで、地方で暮らしていたことを嘆いたし、こういう経験が積み重なって、大人になったら大都会へ出るんだと強く思うもとになったんだと思います。

コナミのサウンドチームの写真が載っていました。
矩形波倶楽部だったっけ?確か、そんなバンド名だったと思います。

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当時、コナミの担当者としてパソコン雑誌に出ていたのが紙尾さんでした。
綺麗なお姉様でした。
当然ながら好きでしたね。会ったことなんか無かったけど。

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MSX FANは、最後のページに有名なゲームプログラマーのインタビューが載っていて、これを読むのも楽しみの一つでした。

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この号では、イースの宮崎さんです。
いいゲームでしたね、イースは。
あの頃のファルコムが一番良かったなぁとか思ってしまいます。

そうそう、実は一番の楽しみだったんじゃないかと今にして思うのが、バボのコーナーでした。
MSXどころかパソコンと全然関係ない話しが多かったんだけど、いつも楽しみにしていたし、読んだ内容のいくつかは今でも憶えていたりします。

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最後のページにはコナミのゲームの紹介です。

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裏表紙は、当然ながらパナソニックのA1F。

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このマシンはデザインが秀逸だなぁと感じます。
シンプルでいて、インパクトがあり飽きがこないですよね。

今は、こういうデザインのパソコンが売られていないのが残念です。

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30年前の雑誌、MSXFAN、5月号を読み返す その1 [レトロパソコン雑誌]

ゴールデンウィークの真っ只中ですね。
前半のゴールデンウィークは実家に帰省してきました。

相変わらず、実家の自分の部屋にある古いパソコン雑誌から、ブログに書きたいなぁと思うものを探してきました。
ただ、今回はいらない雑誌とかを捨ててもきました。

雑誌とかもわりととっておいたりする性格なんです。
でも、20年から30年前くらいの雑誌だと懐かしいなぁと思うんですが、10年以内だと懐かしさとかってあまり感じないということに気付いたんですよね。
2000年以降に購入したものって、あまり懐かしさを感じないっていうか、新しい感じがして愛着がわかないんですよ。

そんなわけで、ゴールデンウィークということもあり、1988年のMSX FANの5月号を読み返してみました。
これが、表紙です。

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これってハイドライド3の主人公(ジムだっけ?)とフェアリーですね。
これ、フィギュアなんでしょうね。うまいなぁ。

最初の見開きにはソニーのパソコンF1XDです。
FDDの赤がワンポイントでカッコイイです。

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「ゲームづくりに挑戦するなら、今だ!」

某予備校教師よりも数十年前に言っていたんですね。
さすがはソニーのMSXです。

ニチブツの広告もあります。
肝心のゲームの広告よりも、オネーさんのナイスな格好に目を奪われたものでした。

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とくに、このオネーさんの格好にはビビッときましたね。
高校生だった僕は、大人になったらこういうオネーさんと付き合うことになるんだと、胸躍らせていたもんです。

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テラクレスタとクレイジークライマーも地味に宣伝されています。
ってゆーか、こっちが看板じゃね?

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目次を見てみます。

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そういえば、最近は雑誌の目次を読むってことがほとんど無くなったなぁと。
モデルグラフィックスだけは毎月買っているんだけど、それも目次を見るってことがないですね。

昔は、買った雑誌は本編を読む前に、まずは目次をじっくりと見たもんです。
せっかく買った雑誌だからじっくりと読まなければっ、って考えていたんで。

で、最新トピックスにあったソフトベンダー武尊の記事を、思わず読み込んでしまいました。

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インターネットどころかパソコン通信すら一般的ではなかった時代に、欲しいソフトがすぐに手に入るっていう環境が存在していたことは、凄いことだと思いますよ。

そういえば、武尊のカタログがあったなぁとか思い出し、本棚を探してみたらありました。
1995年12月~1996年1月号です。
表紙がアイルトン・セナという、まぁ、なんとも時代を感じさせるものです。

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このころの武尊ではギャルゲーも売っていたんですね。

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他にもいろいろ。

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中段あたりにあるソフトなんかもまた、高校生が血沸き肉躍るようなソフトですね。
実写データを利用したものも、もうこの頃すでにメジャーだったんです。

タイトルに亜美ってあるのは、クリームレモン効果を狙ったものなんでしょう。
今でも、ある特定の世代にクリームレモンと言うと、かなり敏感に反応しますからね。

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あと、年賀状用のデータとか。
こういうのは、毎年必ず売れる鉄板モノなんでしょう。

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画面写真が無くタイトルだけでの紹介とか。

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ベストヒットUSAは70年代のロックの巨人特集でした。
エリック・クラプトン、フリートウッド・マック、ドアーズ。
いやぁ、レジェンドがずらりって感じです。

ドアーズの曲で閉めるときに、「ドアーを閉めます」っていう小林克也氏のセリフがナイスですね。
気持ちよく眠れそうです。

でも、この後、フォーミュラEの放送があるんで、観たい気もします。
セナ・プロスト世代ですからね。

それにしても、フォーミュラEの走行中の音ってラジコンの音みたいで、なんだかタミヤRCカーグランプリを思い出させます。

明日から、ゴールデンウィーク後半ですが、天気があまり良くないようです。
出掛けようと思っていたんだけど、雨の中動きまわる体力はもはやないので、映画でも観に行こうかと考えています。

そういえば、裏ベストヒットUSACDとかいうのが売っているみたいなんで、レコードショップに行って探してくるのもいいかもしれないですな。

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レディ・プレイヤー・1を観たよ [映画]

レディ・プレイヤー・1を観てきました。

いやぁ、面白かったですよ。
僕的には今まで観たスピルバーグの映画の中でもトップ3に入るくらい良かった。

テーマが80年代の音楽、映画、アニメ、ゲームの賛歌ってのが素晴らしいです。
まさに、僕にぴったりの映画です。

映画の冒頭で、ヴァン・ヘイレンのジャンプが流れて始まります。
この瞬間から、期待値マックスです。
その後どうなるかは、観てみてください。

これがパンフレットです。

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昔から、映画を観に行ったらパンフレットを買います。
昔はすぐにDVDが発売されたりしなかったから、後から映画のシーンを思い出すために、パンフレットを読み込んだものです。あと、映画の雑誌とか。

僕が昔行っていた映画館は、チェーンの映画館じゃなくて、昔から地元でやっているという映画館だったので、映画の宣伝ポスターなんかも売っていました。
今は、映画のポスターも売っていないんで、寂しいかぎりです。

レディ・プレイヤー・1は予告を観てから、ずっと楽しみに待っていました。
当然ながら前売り券も買っていました。

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去年観たブレードランナー2049も、前売り券を購入して観たんだけど、やっぱりこういうカードの形をしてました。
いまどきの前売り券って、テレホンカードみたいな形をしているんですね。
って、テレホンカード自体、ほとんど見かけなくなっているけど。

それにしても、パンフレットを観ていて思ったのは、スピルバーグ監督も歳を取ったなぁってことです。
先日、高畑監督が亡くなってから思っているのが、僕が10代の頃に観た最高の映画を作った監督達も、みんなけっこうな年齢になっていて、いつ逝ってしまうかわからない状況なんだよなぁってことです。

スピルバーグ、ルーカスだけじゃなく、富野監督、宮崎監督なんかは次の作品がはたして観られるんだろーか?って心配になります。
でもまぁ、仕方が無いんです。時間は過ぎていくものだから。
僕が50手前のオッサンになったわけだから、監督達もじーさんになるわけです。

昔のパソコン雑誌は映画の紹介なんかもしていて、ログイン(1989年12月15日号)の記事を見てみると、バック・トゥ・ザ・フューチャー パート2の紹介をしていました。

ログイン 1989年12月15日号 (147).jpg

あの頃も、映画館で観た後はパンフレットを買って、家でシーンを思い出していましたね。
30年経ってもやることが変わらないわけです。


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ミュール その1 [レトロゲーム]

先週のベストヒットUSAは観れなかったので、2週間ぶりです。
プリンス特集でした。文字通りの天才ですよね。
マイケル・ジャクソンとは違った天才だと思います。

中学生の頃、友人の伊藤くん(仮名)がプリンスのファンで、プリンスのようにカッコ良くなりたいといつも言っていました。
歌は好きだったけど、プリンスのようなルックスになりたいとはそれほど思わなかった僕としては、まぁ、そういう目標もいいかもねって感じでした。
レッツ・ゴー・クレイジーってことで。

伊藤くんとは別々の高校に通うことになり、その後会っていないんだけど、はたしてプリンスのようにカッコ良くなったかどうかは、多少気になるところです。

そんな伊藤くんと別れて、高校生になった僕が好きだったマイナーなゲームの一つにミュールがあります。
このゲームはすごく好きでしたね。
友人の尾与田くん(仮名)と臼杵くん(仮名)とよく遊びました。
4人まで同時にプレイすることができたんですよ。

どんなジャンルのゲームかというと、モノポリーみたいなジャンルのゲームなんだけど、当然ながらモノポリーとは違います。
プレイするとわかるんだけど、それほど複雑ではないのにものすごく頭を使うゲームで、しかもプレイ時間がそれほど長くならないんです。その辺が良かったんです。

パッケージのデザインはハヤカワ文庫の表紙のようでカッコイイです。

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ハヤカワ文庫は高校の頃によく読みました。
ハヤカワ以外にも、ソノラマ文庫やコバルト文庫、スニーカー文庫とか。
ジュブナイル小説が流行り始めた頃だったんだと思います。

ちょうど高校生の頃に富士見書房からドラゴンマガジンが発刊されて、SFマガジンとか獅子王とか読んでいた友人達と別路線を行こうと思い、ドラゴンマガジンを買っていました。

表紙は当時の人気アイドルで、読者コーナーとか小説以外も充実していて好きな雑誌でしたね。
この頃は、ドラゴンマガジンとテクノポリスを買うのが楽しみでした。
どっちも、超ライト級マガジンだけど...

創刊号から5年くらい買っていたかと思います。
気になって今でも売っているのかと思いイオンに入っている本屋に行ってみたら、売っていたんですね。正直ビックリしました。
手に取ってみたら、創刊30周年とか表紙に書いてあったので「そんなに時間が経っていたのか...」と、その場でしみじみ思いました。買わなかったけど。

そんな表紙がまだアイドルの頃のドラゴンマガジンを読みながらやっていたゲームがミュールだったわけです。

パッケージの裏です。
ゲームの説明も書いてあります。
ミュールって、この家畜みたいなロボットのことです。

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X1版は5インチディスクでした。

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これがゲームマニュアルです。
BPSが販売していました。
BPSっていうと、ブラックオニキスが有名ですが、こういった名作も出していたんですよ。

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ゲームの作者の文章が載っています。

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で、マニュアルの後半には、BPSの日本人プログラマーの方の紹介が、顔写真付きで載っているんです。
当時は、ゲームを作った人の紹介文を見ると、いつかは僕もゲームプログラマーになりたいなぁと思ったものです。
今で言うところの、有名ユーチューバーみたいなもんですかね。
若者の憧れみたいな感じでした。

ミュールをプレイして思ったのが、ゲームってやっぱり世界観とプレイスタイルの新しさだよなぁって事です。
グラフィックの緻密さとか、アイテムの多さとかじゃないんだよなぁって。
新しい世界を見せてくれるゲームってことですかね。

来週のベストヒットUSAは映画音楽特集です。
これは観なければ。

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レプリカート その1 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAはサイモン&ガーファンクルとキャロル・キングでした。
素晴らしい特集です。

大学の時の一般教養英語の先生が、サイモン&ガーファンクルのファンで、試験で歌詞を出題していたのを思い出しました。

そういえば、高校の時の英語の先生もサイモン&ガーファンクルが好きだって言ってましたね。
英語教師に好かれるバンドなんだろーか?
まぁ、なんにせよ、いい歌が多いですね。

キャロル・キングは、わりと後になってから知りました。
誰だったかは忘れたけど、カバーして歌っていた曲をイイ曲だなぁと思って調べてみたらキャロル・キングだったわけです。

イッツ・トゥー・レイトとか、聴いていると、なんとなく高校の頃の日曜日の夕方を想い出してしまいます。
多分、その頃に聴いた記憶があるんでしょーね。

高校の頃の日曜日の夕方には何をしていたかというと、ラジオを聴きながらパソコンでゲームをしていたわけですが、その頃に面白いなぁと思っていたのがレプリカートです。

このゲームはテクノポリスで連載されていた矢野健太郎さんの漫画で紹介されていた記憶があるんですが、お彼岸に帰省した際にさがしたけど見つからなかったので、見つかったら写真を載せたいと思います。

レプリカートは、いわゆるスネークゲームです。

ベーマガやPIOといった、プログラム雑誌によく載っていたような気がします。
80年代にパソコンゲームをやっていた人ならば、1度は遊んだことがあるんじゃないかと。

このレプリカートやフルーツサーチといったゲームは、パソコンゲームの初期のころからあるゲームのグラフィックや音楽をリメイクして発売したもので、この当時はこういったものもよくありました。
他にも、軍人将棋やおはじきなんかをリメイクしたのもありましたね。

これがパッケージです。
こうしてアニメ調の絵で表されると、すごく面白そうにみえますな。

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これがパッケージの裏です。
画面写真じゃなくて、イラストでゲームの世界観を見せてくれています。

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画面数は全300面らしく、終わるまでどのくらいの時間がかかるんだか...

この頃のゲームは「画面数が多い」イコール「面白さ」みたいな方程式があったので、ゲーム画面のインフレがおきていましたね。

ソニーのカセットはあっさりとしたデザインです。

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マニュアルです。

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パッケージの裏に書いてあるのと大差ないような気がしますが。

新年度が始まってしまいました。
僕の職場は毎年のように人員が削減され、今年度はかなりギリギリの人数でやることになってしまいました。

体を壊さない程度にやっていくのが、今年度の目標です。

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オービットⅢ その1 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAは小林克也氏の喜寿祝いの1時間スペシャルでした。
ベストヒットUSAが1時間やるのは久しぶりなので、早めにお風呂に入って白角で一杯やってから正座して待っていました。
小林克也氏もスーツにネクタイで出てきたから、ちょっとビックリしましたね。

お祝いに来た最初のゲストも豪華で、シーナ&ザ・ロケッツの鮎川さんでした。
鮎川さんも古希なんですなぁ。

鮎川さんを見て最初に思い出したのが、20年くらい前に週刊アスキーの連載に出ていたときのことですかね。
自分で決めた音で自分の好きな音楽をやるのがロックだというのが、とても心に響きました。

タイム・マシーンのコーナーも1981年からのダイジェストでした。
ヒューイルイス&ザ・ニュースやレイ・パーカージュニアの映像が出てきて「うっわ」と思いましたよ。

バック・トゥ・ザ・フューチャーやゴーストバスターズが流行っていた頃ですかね。
個人的には、レイ・パーカージュニアはウーマン・ニーズ・ラブが一番好きです。

佐野元春さんもゲスト来て、なんとも贅沢です。
見た目では歳をとったのを感じるけど、声を聞いていると昔のままですね。

懐かしさ満載の番組を夜中に観ていると、やっぱり、高校生当時の自分が還ってきますねぇ。
そんな感じで、ブルボンのバームロールをつまみにチビチビと白角を飲んでいたら、当時遊んだ3DワイヤーフレームゲームのオービットⅢを思い出しました。

オービットⅢは、当時の僕としては、すごく好きだったジャンルのゲームです。
この3次元空間を戦闘機で疾走する雰囲気というのは、映画スターウォーズの中でミレニアムファルコン号を操縦している気分にさせてくれます。
スターウォーズのあの星が流れるような宇宙が好きなんですよ。

もともとは、テクノソフトのスターフリート/Bというゲームがやりたかったんです。
これは、I/O(1984年2月号)の広告です。

1984年2月号(125).jpg

ちょっと、小さいので、I/O(1984年8月号)の広告で見てみると、こんな感じです。

1984年8月(54).jpg

この宇宙船のコクピットのような画面と3次元表示にシビレてしまいました。

それで、いつかはプレイしたいと思っていたんですが、スターフリート/Bよりも綺麗な画面でしかも、宇宙空間かつ3次元で戦うゲームが出るとわかり、これは買わねばと思ったのが、このオービットⅢです。

I/O(1986年3月号)に掲載されたオービットⅢの広告です。
パイロットのヘルメットのファイス部分に映っているメーターやパネルのライトがカッコイイんですよ。

1986年3月(31).jpg

パッケージの表面です。
パッケージには広告にCGで出ていたパイロットがイラストで描かれています。

オービット X1用(カセットテープ版)(2).jpg

パッケージの裏面です。
画面写真と世界観の説明が載っています。

オービット X1用(カセットテープ版)(3).jpg

僕が持っているのは、X1用のテープ版です。

オービット X1用(カセットテープ版)(4).jpg

オービットⅢのプレイ記事は、テクノポリス(1985年10月号)に載っています。
ゲーセン気分で楽しめる、とあるのは大袈裟ではなくて、本当にゲーセンのゲームには無い面白さを持っていました。

テクノポリス 1985年10月号(65).jpg

部屋の電気を消してディスプレイに向かうと宇宙空間のようとあるけど、これもそう。
四畳半の自分の部屋の電気を消してから、X1に向かって、宇宙空間を疾走していたのを思い出します。

テクノポリス 1985年10月号(81).jpg

ところで、ベストヒットUSAですが、番組最後にスタッフから花束とケーキをもらった小林克也氏を見て、いまでも番組を観られるということに、僕もありがとうと言いたい気分でしたね。

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アウトロイド その1 [レトロゲーム]

アウトロイドってMSXにしか出ていなかったんじゃないかなと、ずっと思っていたんですが、X1版もあった気がすると友人から指摘を受けたことがあります。
とくに調べてはいないんで、本当のところどうかはわかりませんが。
僕が持っているのはMSX用テープ版なんですが、はたしてMSX用ROM版があったのかもわかりません。
それでも、結構、思い入れのあるゲームです。

このゲームは、ボトムズに似た自機を操って、サイバーな感じの未来都市を冒険するゲームです。
まずは、パッケージがカッコイイです。

アウトロイド MSX用(テープ版)(1).jpg

画面は、自機を上から見るトップビュータイプです。

アウトロイド MSX用(テープ版)(2).jpg

これは、I/O(1986年3月号)の広告です。

1986年3月(43).jpg

テクノポリス(1985年10月号)には紹介記事が載っていました。

テクノポリス 1985年10月号(18).jpg

マジカルズーは黄金の墓やムー大陸の謎なんかを出していたソフトハウスですね。
出すゲームの雰囲気が僕の好みばかりだったので、当時は好きなソフトハウスでした。

カセットの表面のゼブラ模様ですが、王号の墓のカセットテープもこの模様でした。
なんでなんだろう?

アウトロイド MSX用(テープ版)(3).jpg

マニュアルです。

アウトロイド MSX用(テープ版)(4).jpg

マニュアルにはアウトロイドの世界について記載されています。
このストーリーの説明がいいんですよ。

アウトロイド MSX用(テープ版)(5).jpg

アウトロイド MSX用(テープ版)(6).jpg

アウトロイド MSX用(テープ版)(7).jpg

アウトロイド MSX用(テープ版)(8).jpg

この主人公の搭乗するアーマードスーツXX85はカッコイイです。
フルスクラッチで作りたいぐらいですが、全身像の資料がないんで下半身は想像するしかありません。
僕の中では、ボトムズ外伝のメロウリンクに出てきた機体の下半身をあてはめて想像しています。

高校生の頃、友達の臼杵くん(仮名)がダイエーの電気製品売り場でナショナルの蛍光灯「メロウルック」を売るバイトをしていたときに、メロウリンクってメロウルックに似ているって言っていたのを、今でも覚えています。

臼杵くんはメロウルックがあまり売れずに困っていて、そのせいで「メロウリンクはなんか観る気がしないんだよ」って話していました。
全然関係ないのに、かわいそうなメロウリンク。

80年代のキーワードの一つとして「中央コンピュータの暴走」ってのがありますね。

ゲームだけじゃなく、漫画、小説、アニメ、映画、すべてにおいて、諸悪の元は中央コンピュータって感じでした。
宇宙人が攻めてくるって設定よりもリアルだったからなのかな?

コンピュータ自体には希望や夢を感じていたけど、それだけじゃなくて、今後、どんなものとなっていくのかわからないコンピュータに対して恐れを持っていたためでしょうね。

これって、自戒の意味もあったんだと思いますよ。
なんでもかんでもコンピュータにまかせるわけにはいかないだろうって意味の。

でも、現代では、ネットワーク、クラウド、AIを抜きにして社会は成り立ちませんからね。
果たしてコンピュータネットワークによるシステムの暴走なんてのが起こるんだろうか?って考えてしまいますが、個人的に思うのは、現代のシステムは結構脆弱だから、なんかあったら暴走する前に壊れてしまうんじゃないかってことです。

でもまぁ、本当に80年代の頃に想像されていたAIによる管理社会なんてのが出てくるんであれば、その前に死にたいですけどね。
僕としてはノーサンキューなんで。

はじめの方でも書いたように、機体のデザインってボトムズっぽいんですよね。
ボトムズは好きな作品でした。

プラモデルも結構買っていましたよ。
(チョロQボトムズとかも買った)

当時、プラモデルに付いてきたチラシがこれです。
ラウンドムーバーを背負っているのが一番カッコイイと思います。

スコープドック プラモデル マニュアル_ページ_2.jpg

で、ボトムズの世界観を引き継いだベルゼルガも好きでした。

IMG_7017.jpg

IMG_7018.jpg

去年の秋に仕事で上京した際に、駅の本屋で偶然に再販したベルゼルガの小説を見つけました。
あまりにも懐かしくて買ってしまいましたよ。

そして、先日、出張があったときに、昼休みの時間が暇だったので読んでみました。
なんてゆーか、文体や描写が80年代のジュブナイル小説って感じでたまりませんね。

今、こういう文体や世界観をもった、少年少女向けの小説ってないよなぁとか考えながら、一気に読んでしまいました。
で、読み終わった後で思いだしたんですが、先日、ボークスに行ったときにベルゼルガのキットが結構売っていた理由がわかりました。
今、また流行っているんですね。
でも、ボークスで一番欲しかったのは、アイアンコング・プロイツェンナイツだったけど。

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フルーツサーチ その1 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAはBEE GEESでしたね。
声が素敵ですなぁ。
あと、やっぱり、このリズムがいいんですよ。
白人がバリーのように裏声で歌うのがナウイんです、っていう小林克也氏のセリフが素敵過ぎ。

そして、ドナ・サマーのメドレーはやはり80年代を表現するにふさわしいものですな。
僕の知人は誰一人外れることなく、HOT STAFFが流れると縦ノリになりますよ。
僕は、この曲を聴くと炭酸飲料が飲みたくなってきます。

そして、やはり最後はダイアナ・ロスです。
いいですね、この流れ。

この頃のゲームってなんだったかなぁと思い返してみると、多分、これなんじゃないかなと。
いや、よく憶えていませんけど。

フルーツサーチ MSX用(ロムカセット版)(1).JPG

このゲームは、パッケージのイラストで購入したようなものです。

こういう昔の細野不二彦氏のような絵が、僕のストライクゾーンなんですよ。
以前ブログに書いたように、昔の細野不二彦氏の絵柄って好きで、クラッシャージョウも漫画ならば細野氏がいいなぁと思っています。(アニメや小説は、当然ながら安彦良和氏です。)

フルーツサーチ MSX用(ロムカセット版)(3).JPG

ゲームの内容は、まぁ、昔からある数当てゲームです。
なので、パッケージに描かれている女の子は、画面のドット絵を脳内補完するために用意されたものです。

フルーツサーチ MSX用(ロムカセット版)(2).JPG

「TAKARA、なかなかやるな」と当時は思ったものです。
当時は真ん中の女の子が好みでしたが、30年以上も経つと好みも変わってきて、現在は右側の女の子が好きですね。

で、30年以上前にすごく好きだったアニメが、未来警察ウラシマンです。
ストーリーもOP、EDの曲も好きでした。
そのウラシマンの本が出ていたことを知り、買ってしまいました。

未来警察ウラシマン コンプリートブック (2).jpg

未来警察ウラシマン コンプリートブック (3).jpg

帯にある「34年越しのスクリュウが回る」って言葉で買うことを決めたと言っても過言ではないです。
カラーボードやスタッフインタビューも良かったです。

未来警察ウラシマン コンプリートブック(4).jpg

来週のベストヒットUSAはデビット・ボウイです。
観なければっ!





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PC-9821 Nb7を開けてみた。(その2) [レトロPC]

いやぁ、面白いですよ。アシガール。
夜中に再放送をやっていたんで、つい観てしまいました。
本放送のときも観たんだけどね。

黒島結菜がカワイイんです。
なんか、あーいう感じの娘だったら、何の心配もいらないなぁとか思いましたね。

石黒賢とか、ともさかりえとか、僕が大学生の頃にトレンディドラマとかに出ていた俳優が時代劇に出ているっていうのも、なんとなく安心感があります。

でまぁ、観ながらブログを書いていました。

この部分は取り外すときも、取りつける時も注意が必要です。

PC-9821 Nb7を開けた (24).jpg

本体のカバーはこうやって開けるから、フィルムの部分が引っ張られて切れてしまいかねないです。

PC-9821 Nb7を開けた (25).jpg

液晶ディスプレイとの接続は、このコネクタになります。

PC-9821 Nb7を開けた (27).jpg

PC-9821 Nb7を開けた (28).jpg

タッチパッドも付いてます。

PC-9821 Nb7を開けた (38).jpg

拡張メモリです。

PC-9821 Nb7を開けた (47).jpg

こんな感じで付けます。

PC-9821 Nb7を開けた (48).jpg

PC-9821 Nb7を開けた (49).jpg

ハードディスクも付いてます。

PC-9821 Nb7を開けた (50).jpg

とりあえず、電源を入れて動作を確認しました。

PC-9821 Nb7を開けた (55).jpg

側面の蓋が閉まりが悪いんですよ。

PC-9821 Nb7を開けた (58).jpg

セロテープで補強です。

PC-9821 Nb7を開けた (60).jpg

今、手に入れたレトロPC用のアイテムをいじっているんですが、これがなかなか上手くいかなくて...
まだ、ブログの記事になりそうな感じではないんですよ。

他の方のブログを見ていると、サクサクってやっているように見えるんだけど、いざ自分でやってみると、すっごい大変だったりして、なんとも難しいです。

スキルってなかなか身に付かないもんなんだなぁとか、改めて思いましたね。

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PC-9821 Nb7を開けてみた。(その1) [レトロPC]

久しぶりに、リアルタイムでベストヒットUSAを観ました。
小林克也氏のメガネが変わっていて、ちょっと驚きました。
なんだか、僕が20代の頃にかけていたメガネっぽいです。

今週のベストヒットUSAはバーバラ・ストライサンドでした。
いいですなぁ。
こういう特集をちゃんとやってくれるところが、ベストヒットUSAの素晴らしいところです。

正月に帰省した際に何台かパソコンを持って帰ってきた内の1台にPC-9821 Nb7があったので、壊れているわけじゃないけど開けてみました。

これがメイン基板です。

PC-9821 Nb7を開けた (2).jpg

このコンデンサがダメになると電源が入らなくなります。←たぶん

PC-9821 Nb7を開けた (3).jpg

PC-9821 Nb7を開けた (4).jpg

メインボードを取ると、こんな感じです。

PC-9821 Nb7を開けた (6).jpg

PC-9821 Nb7を開けた (11).jpg

周辺のボードです。

PC-9821 Nb7を開けた (7).jpg

PC-9821 Nb7を開けた (9).jpg

電源のランプです。

PC-9821 Nb7を開けた (12).jpg

LCDが付いています。
パソコンの動作状況を示してくれます。

PC-9821 Nb7を開けた (13).jpg

キーボードです。
なんとなく、9821のノートになってから、キーボードの打った感じがイマイチになった気がしました。
僕的にですけど。

PC-9821 Nb7を開けた (14).jpg

このフィルムみたいなケーブルはやっかいです。
こんなのが切れたら、どうやって修理したらいいかわかりません。

PC-9821 Nb7を開けた (15).jpg

しかも、こんなコネクタに差し込むわけだから大変。

PC-9821 Nb7を開けた (18).jpg

セリーヌ・ディオンも特集して、タイタニックのテーマソングのPVが流れました。
タイタニックのテーマソングって聞くと、なぜか「エンダ~」って歌ってしまうんですよね。
なんでだろ?

来週は、エアロスミスです。
エアロスミスを見るたびに、なんであんな美人が生まれたんだろ?っていつも思ってしまいます。
いや、余計なお世話ですな。


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MSX turboR の動作確認 [レトロPC]

正月に帰省した際にMSX turboR STとMSX turboR GTを実家から持ってきたので、今でも動くかどうかを確認してみました。

これは、MSX turboR STです。
すっきりとしたスタイルでいて未来的なフォルムが最高です。

MSX turboR ST.jpg

出力先は、レトロパソコン愛好家の間で大人気のCENTURYの液晶ディスプレイLCD-8000V2です。

MSX turboR ST (2).jpg

この画面、久しぶりに見たなぁ...

MSX turboR ST (3-1).jpg

ワープロが付いているので、文章の入力ができます。

MSX turboR ST (3-2).jpg

連射機能付きです。

MSX turboR ST (4).jpg

次にMSX turboR GTの動作を確認します。
GTの方は、色や全体的なデザインが引き締まった感じで風格があります。

MSX turboR GT.jpg

MSXシリーズにおいて最高スペックであり、最後のマシンです。R34って感じですかね。

MSX ViewというGUI環境が内蔵されています。

MSX turboR GT (2).jpg

MSX turboR GT (3).jpg

GTの映像出力にS端子を使ったので、液晶ディスプレイに入力するのに電波新聞社のXRGB-2を使っています。

MSX turboR GT (4).jpg

で、よくよく見ると、GTの電源ランプとかが点灯していないんですよ。
どうしたのかと思ってカバーをはずしてみました。

MSX turboR GTのランプ修理.jpg

そうしたら、画面写真の中央に写っているケーブルが1本外れていました。
内部を清掃するためにカバーを取り外した際に抜けてしまったんだと思います。

MSX turboR GTのランプ修理 (2).jpg

ケーブルを指して電源を入れたところ、無事に電源ランプが点灯しました。
あぁ、良かった。

MSX turboR GTのランプ修理 (3).jpg

表示するのに使ったLCD-8000V2ですが、X68000やX1をダイレクトに接続できるということなので、チャレンジしてみたいと思います。



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X1turboのキーボードが修理できた(かもしれない) [レトロPC]

X1turbo用キーボードのキーボードケーブルもだめになってしまたので、こちらも修理することにしました。

こちらは、カバーを開けてみたら、やはりゴミは詰まっていましたが、キーボードの基板の裏面にある金属板はそんなに汚くありませんでした。

X1turboキーボード修理 (1).jpg

ただ、キートップの汚れはひどかったので、ICを引き抜くピンセットで全部のキートップを取り外して、ウエットティッシュで拭きました。

X1turboキーボード修理 (2).jpg

X1turboキーボード修理.jpg

ICを引き抜くピンセットは、先端部分が、丁度いい感じに曲がっているんです。

X1turboキーボード修理 (3).jpg

X1turboキーボード修理 (4).jpg

X1turboのキーボードには、グラフィックキーのシールが貼ってあるので、これがはがれないように丁寧に拭き掃除をします。

X1turboキーボード修理 (5-1).jpg

写真では分かりにくいけど、かなり綺麗になりました。

X1turboキーボード修理 (5-2).jpg

今回も、Amazonのベーシック コイルケーブルを使って、キーボードケーブルを作りますが、更に、コネクタ部分も新しくしようと思います。

こんなコネクタを使います。
僕はラジコンショップで購入しました。
秋月やマルツでも売っていると思います。

X1turboキーボード修理 (8).jpg

初代X1のキーボードの修理のときと同様に被覆をむいて芯線を出します。
ショートしそうなところは熱収縮チューブで保護します。

X1turboキーボード修理 (9).jpg

X1turboキーボード修理 (11).jpg

金具をかしめて、ソケットに差し込んで出来上がり、って感じに考えていたんだけど、うまくいきませんでした。
金色のピンがソケットからすぐに抜けてしまうんです。
ソケットとピンの大きさが合っていなかったんだと思います。
それで、別の種類のソケットを使うことにしました。
ただ、別のソケットには、すでに違うケーブルがささっていて、しかも取れなかったので、線を途中で切って接続することにしました。
そんなわけで、こんな感じのケーブルとなってしまいました。

X1turboキーボード修理 (12).jpg

接続部分となっているピンのところがむき出しなのが嫌なので、絶縁テープで保護しています。

X1turboキーボード修理 (13).jpg

とりあえず、これで修理は完了なんですが、X1turboも実家から持ってきていないので、実際に使えるのかどうかは、まだわかりません。

なんとなく、これも不安です。

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初代X1のキーボードを修理した(と思う) [レトロPC]

正月に帰省した際に、レトロPCや雑誌を持ってきたので、いろいろと作業をする毎日です。

みなさん御存じのように、初代X1のキーボードのケーブルは、経年劣化によってボロボロになることが有名ですが、僕のX1用キーボードもご多分にもれず劣化して、ひどい有様です。

X1初代キーボード修理 (1).jpg

本来であれば、きれいなカールコードなんですが、今では被覆がむけて切れぎれになっています。

X1初代キーボード修理 (2).jpg

X1初代キーボード修理 (3-1).jpg

X1初代キーボード修理 (3-2).jpg

このまま使用するとショートしてしまう可能性もあるので、修理することにしました。

そんなわけで、まずはキーボードの分解です。
裏面にあるネジを取ります。

X1初代キーボード修理 (4).jpg

ネジを取ってみたらびっくりしました。
ネジ頭がサビてボロボロになっていました。
ネジも交換することにします。

X1初代キーボード修理 (6).jpg

キーボードの中を見てみたら、更にビックリです。
土や枯れ葉みたいなゴミやサビで物凄いことになっていました。

X1初代キーボード修理 (7-1).jpg

X1初代キーボード修理 (7-2).jpg

キーボードの基板の裏面もこんな感じでサビています。まいったなぁ...

X1初代キーボード修理 (8).jpg

キーボードのケーブルは、このような3本の端子で基板と接続されています。

X1初代キーボード修理 (9).jpg

仕方がないので、キーボードの基板の裏面にあった金属の板ははがしてしまうことにしました。
それから、ケーブルも抜いてしまいます。
これが、その残骸です。

X1初代キーボード修理 (12).jpg

カバーはこれである程度きれいになりました。

X1初代キーボード修理 (13-1).jpg

X1初代キーボード修理 (13-2).jpg

キーのほうもかなり汚いので、キートップを全部抜いてウエットティッシュで拭くことにしました。
キートップを抜くのに役だったのが、これです。

X1初代キーボード修理 (18).jpg

ICを引きぬく際に使うピンセットです。

X1初代キーボード修理 (19).jpg

このようにキートップの下をつまんで引っ張ると、

X1初代キーボード修理 (20).jpg

きれいに引き抜くことができます。スゲー便利です。

キートップを全部取ったところです。

X1初代キーボード修理 (21).jpg

ゴミがかなり詰まっていました。

X1初代キーボード修理 (22).jpg

これが拭き掃除をした後です。

X1初代キーボード修理 (23).jpg

キートップも1個ずつ拭いていきます。

X1初代キーボード修理 (24).jpg

かなりきれいになりました。

X1初代キーボード修理 (26).jpg

今度は組み立てていきます。

まずはキートップをはめます。

X1初代キーボード修理 (28).jpg

X1初代キーボード修理 (29).jpg

キーボードを本体に接続するためのコードを作ります。
X1のキーボードケーブルは、ステレオミニプラグというオーディオなんかでよく使われる端子なんですよ。

X1初代キーボード修理 (30).jpg

でまぁ、カールのかかったケーブルを探していたら、Amazonで「ベーシック コイルケーブル 2.0m (ステレオミニプラグ- ステレオミニプラグ) 」というのが売っていると、X1のキーボードを修理した方のサイトで紹介されていたので、僕もそれを購入しました。

X1初代キーボード修理 (57).jpg

片側はキーボードの基板に接続する端子にしなければならないので、切り落とします。

X1初代キーボード修理 (33).jpg

被覆をむいて、中の線を出します。

X1初代キーボード修理 (34).jpg

これが、もともとの端子です。

X1初代キーボード修理 (35).jpg

端子から線を引き抜きます。
精密ドライバのマイナスドライバでぐいっと押すと取れます。

X1初代キーボード修理 (36).jpg

X1初代キーボード修理 (37).jpg

X1初代キーボード修理 (38).jpg

3本全部抜いて、端子カバーを流用します。

X1初代キーボード修理 (40).jpg

こういう部品が秋月とかマルツとかで売っているので使います。
ラジコンショップなんかでも売っています。
X1初代キーボード修理 (41).jpg

赤と白の芯線は被覆をむきます。

X1初代キーボード修理 (44).jpg

こんな感じにします。

X1初代キーボード修理 (45).jpg

後は、ピンをかしめて端子カバーに挿入します。


X1初代キーボード修理 (46).jpg

むき出しは怖いので、熱収縮チューブで覆っておきます。

X1初代キーボード修理 (47).jpg

キーボードカバーの穴から挿入して、キーボードの基板に付いている端子に接続します。

X1初代キーボード修理 (53).jpg

こんな感じになります。

X1初代キーボード修理 (54).jpg

X1初代キーボード修理 (55).jpg

本当は、X1本体に接続する部分はL字型になっているんだけど、まぁ、仕方ありません。

キーボードの修理は終わったんだけど、X1本体を実家から持ってこなかったので、接続テストはまだやっていません。
ちゃんと使えるのか心配です。


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PC-9801 NS/T の修理 [レトロPC]

週末にブログの記事を書くときで、日曜日の午後はいつもNHKのラジオ放送を聴きます。
日曜バラエティーは8年前くらいから、よく聴いています。
山田邦子さんが司会なんだけど、結構面白いんですよ。
若い頃に、邦ちゃんのやまだかつてないテレビを観ていたんでね。
愛は勝つとか、それが大事とか、このテレビで知ったからなぁ...

あと、YouTubeで80年代のCMを観ながら書きます。
最近、とくに観るのが昔のサントリーオールドのCMです。
山下達郎さんの歌がバックに流れるCMはイイですね。
パントマイムを見るたびに、あのCMを思い出します。

サントリーオールドのCM中でも、誰もが傑作と認めるのが、リー・ヴァン・クリーフのやつです。
やっぱりこれが一番ですね。
このCMは、当時、子供だった僕でも好きでした。
「my old friend」っていうのがカッコ良くて、こういうキャラクターが主人公のゲームをやりたいなぁと思ったものです。

やまだかつてないテレビがやっていた頃に使っていたのがNS/Tです。
PC-9801 NS/A は修理によって動くようになったんですが、NS/Tの電源も入らなかったので、こちらも修理することにしました。
NS/Tの修理の流れは、NS/Aの時とほとんど同じです。
なので、まぁ、ざっくりとした説明になります。

写真はバッテリーをはずした状態です。
メインバッテリーの他に補助バッテリーも付けていたので、両方ともはずしました。

PC-9801 NS/Tの修理(1).jpg

裏側の蓋をあけてEMSをはずします。

PC-9801 NS/Tの修理(2).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(3).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(4).jpg

これがNS/TのEMSです。
EMSっていうと腹筋を鍛えるアブトロニックって...(以下省略)

PC-9801 NS/Tの修理(5).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(6).jpg

液晶画面は、右側がフレキシブルケーブルで、左側がコネクタで接続されています。
フレキシブルケーブルは強く引っ張ると切れてしまいます。

PC-9801 NS/Tの修理(7).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(8).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(9).jpg

取り外した液晶画面です。

PC-9801 NS/Tの修理(10).jpg

キーボードもフレキシブルコネクタ2本で繋がっています。
茶色のコネクタ部分の差し込み口の両端に付いている出っ張りを、爪でつまんで引っ張ります。
この部分はカチッと音がするまで引っ張ります。
そうすれば、差し込まれているケーブルは、するっと抜けます。

PC-9801 NS/Tの修理(11).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(12).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(13).jpg

この状態が、抜き差し可能状態です。

PC-9801 NS/Tの修理(14).jpg

僕の持っているNS/Tはハードディスクを内蔵したタイプなので、ハードディスクユニットも取り外します。

PC-9801 NS/Tの修理(16).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(17).jpg

取り外したハードディスクユニットです。

PC-9801 NS/Tの修理(18).jpg

PC-9801 NS/Tの修理(19).jpg

次に、フロッピーディスクドライブを取り外します。
これも、キーボードと同様にフレキシブルケーブルで繋がっています。
写真にあるように、コネクタ上部の白い部分を爪でつまんで引っ張り上げます。
ちゃんと上まであげることができれば、カチッと音がします。

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PC-9801 NS/Tの修理(24).jpg

あと、他にもコネクタがささっているので、忘れずに抜いておきます。

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PC-9801 NS/Tの修理(27).jpg

キーボードを取り外して、コネクタもすべて抜いた状態です。

PC-9801 NS/Tの修理(28).jpg

そうすると、上部にある部分が取り外せます。

PC-9801 NS/Tの修理(30).jpg

これがメイン基板です。

PC-9801 NS/Tの修理(31).jpg

電源に関連するコンデンサは、メイン基板の中央部分にあります。

PC-9801 NS/Tの修理(32).jpg

もうちょっと拡大してみます。
白い四角のものの前にある、銀色の円筒形のものが、問題のコンデンサです。

PC-9801 NS/Tの修理(33).jpg

NS/Aの修理の時のように、コンデンサをニッパーで切り取ることにしました。
そしたら、今回は台座みたいなのが残ってしまいました。

PC-9801 NS/Tの修理(34).jpg

相変わらずのLOW-GUNだし、セブンセンシズが目覚める気配もないんで、拡大鏡で見ながらニッパーで切ったら、とんでもない事態になってしまいました。

写真ではわかり辛いんですが、基板上のコンデンサが付いていた部分のはんだが、基板からはがれてしまったんです。
ニッパーでつまんだ時にちょっと引っ張ってしまったのが原因です。
べりっとはがれてしまったのを見たときに「なんじゃ、こりゃ?」と殉職直前の松田優作ばりに叫んでしまいましたよ。

それにしても、LOW-GUNになった気持ちは、南斗六星のシュウのようですよ。
「見えぬ、もはや何も見えぬ...」

PC-9801 NS/Tの修理(35).jpg

実は、今までに、けっこう修理に失敗しています。
Macintosh SE/30、PowerBook 180、MZ-2000、PC-9801 NS/EとレトロPCを4台潰しています。
長年使ってきた想い出のものや、高いお金を払って中古で手に入れたものなど、どれも大事にしていたものなんですが、外科的手術の失敗により帰らぬ人となってしまいました。

知識や技術の向上って、ある程度の失敗の上にあると思うんですよね。
失敗したくないと思っていたのに失敗してしまうからこそ、身に染みてわかるし、次こそはって思うんじゃないかと。
あとまぁ、こういうレストアって、失敗したとしても仕方がないって気持ちでいないと、始める事ができないですからね。
そんなわけで、「やっちまったぁ...」とは思いましたが、とりあえずコンデンサをはんだ付けすることにしました。

取り外したコンデンサはこれです。
この銀色のコンデンサは、相当によわっちょろいです。

PC-9801 NS/Tの修理(36).jpg

取りつけるのは、10μFのこのコンデンサです。

PC-9801 NS/Tの修理(37).jpg

とりあえず、はんだ付けは上手く行きました。ふぅ...

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修理が終わったところです。

PC-9801 NS/Tの修理(39).jpg

メイン基板全体です。

PC-9801 NS/Tの修理(40).jpg

で、おそるおそる電源ボタンを押してみると、無事に電源が入りました。ほっ...

PC-9801 NS/T 電源オン(1).jpg

ただ、ハードディスクにアクセスしないんですよ。

PC-9801 NS/T 電源オン(2).jpg

PC-9801 NS/T 電源オン(3).jpg

まぁ、とりあえずウイザードリィが動くからいいんですが。

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PC-9801 NS/A の修理 その2 [レトロPC]

今、ビートルズを聴きながらブログを書いているんだけど、やっぱりアレですね、ビートルズはいいですな。当たり前だけど。

さて、コンデンサの取り換え作業に入ります。
メイン基板の中央部に電源関係のコンデンサがあります。

PC-9801 NS/Aの修理(34).jpg

もうちょっと拡大してみます。

PC-9801 NS/Aの修理(35).jpg

この銀色の円筒形のモノがコンデンサです。
写真だと、左側が10μFで右側が4.7μFです。
このタイプのものは、どーやら弱いようです。

取り替えるためには、取り外さなければならないんですが、どうやって取り外すかと言うと、僕の場合にはニッパで切ってしまいました。
ただし、これが正しい方法なのかどうかはわかりません。

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わりと綺麗に取り外せました。

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取ってからわかったんですが、コンデンサには台座みたいなのが付いていました。

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取り外したコンデンサです。

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取り外した後はこんな感じ。

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ニッパで切るときに、コンデンサの足だけを挟んで切ることになるんですが、歳のせいかよく見えませんでした(汗)。
もはや、LOW-GUNです。法と銃じゃありません。
トムクルーズが出て、ケニーロギンスが主題歌を歌っていたやつでもないよ。

見えないときは、インドの山奥で修業をしたレインボーマンのようにチャクラが開くのを待つか、セブンセンシズに目覚めるのを待つしかないんですが、そんな暇の無い現代人の僕としては文明の利器を用いることにします。

で、重宝したのがこれです。
これで、なんとか見えます。
拡大鏡を使ったのなんて、小学校の理科の実験以来じゃないかって思いましたね。

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新しく取り付けるコンデンサがこれです。

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背の低い、小さなものも買ってみました。

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まずは1個目を取りつけてみます。

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なかなか良さそうなので、2個目を取りつけてみます。

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無事に取りつけることができました。

はんだ付けをするときも、LOW-GUNの人は注意は必要です。
よく見てやらないと、とんでもない所にはんだを付けてしまうかもしれないからです。
でも、拡大鏡を持ってはんだ付けする時には工夫が必要です。

僕は、取りつけるコンデンサをセロテープで固定してからはんだ付けをしました。
この辺は、創意工夫が必要なところですかね。

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はずきルーペなんかが良さそうに思えたんで、ホームセンターに行って試しに掛けてみたんですが、なんてゆーか、僕にはイマイチな感じでした。

とりあえず、修理後の本体基板です。

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この後、取り外したものを組み上げていくんですが、僕の場合は、後でまた取り外しがしやすいようにネジ止めはしませんでした。
ガタつくところは、セロテープで止めてあるだけです。

電源ボタンを押したら、無事に電源が入りました。

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ハードディスクの読み書きも大丈夫です。

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そしたら、早速、本題です。

疲れた心を癒すためにPC-9801NS/Aを出したのがもともとでした。
何をしようとしていたかというと、PC-9801用ウイザードリィをやろうとしていたんですよ。

そう、心が風邪をひきそうになったら、ウィザードリィをやるのが一番です。
灰と隣り合わせの青春時代に戻るわけです。
下手な風邪薬よりも効きます。

NS/Aにフロッピーディスクを入れて、フロッピーから起動させます。

98でウィザードリィ(1).jpg

98でウィザードリィ(2).jpg

やったーっ!
無事にウィザードリィが起動しました。
これで、あと3年は戦えます。

でまぁ、やってて思ったのは、こういう修理って、やること自体に楽しみを見出すことができる人じゃないと難しいかなってことです。
古い車やバイクをレストアして乗っている人とおなじようなものかと思ってます。あれって、自分で修理している人が多いんですよね。
レトロPCも、自分で修理して使うって人がほとんどなんじゃないかなって気がします。
こういうのって、保障とかない完全に自己責任の世界だから、動かなくて当たり前、動いたらもうけものみたいな感じですよね。

あと質問とかされても、ここに書いてあること以上のことはわかりませんので答えられませんね。
まぁ、僕の知識と技術なんてそんなもんです。


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PC-9801 NS/A の修理 その1 [レトロPC]

今日は(というか日付が変わっているから昨日なんだけど)スターウォーズ・エピソード8の初日でした。
僕はスターウォーズはすべてリアルタイムで観ているんで、エピソード8も年末に観たいと思っています。

エピソード4から6までは、父親と一緒に観に行ったんですが、その中でも一番印象に残っているのは、エピソード6・ジェダイの復讐ですね。
当時は、コロコロコミックでも特集を組んで紹介していました。
映画を観る前から情報を集めて気持ちを高めるっていう経験をしたのは、その時が初めてでした。

ところで、長期出張をしてきた後でちょっといろいろと疲れていたんで、レトロPCで心を癒そうと思い、PC-9801NS/Aの電源を入れたところ、うんともすんともいいませんでした。
仕方がないのでPC-9801NS/Tを引っ張り出してきました。そしたら、これも電源ボタンを押しても、電源が入りません。
どうしたものかと思いネットで検索したら、いろいろと情報がありました。

PC-9801ノートパソコンで電源が入らない場合には、高い確率で本体基板の電源部分にあるコンデンサがダメになっているということでした。
そこで、先人の方々が書き残してくれた数多くの情報をもとにして、いろんなサイトを見ながら修理をしたところ、無事に電源が入りました。
そんなわけで、修理の過程を僕も残しておきたいと思います。

PC-9801 NS/A はスタイルが好きです。
特にキーの配置と、液晶画面右側にあるコントラスト調整用のダイヤルが最高にカッコイイですね。

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修理を始めるためにまずは、本体裏側の蓋をあけて、EMSメモリをはずします。

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僕が持っているのは、BUFFALO製です。
当時はかなりの金額だったと思いますが、今ではEMSっていうと「あぁ、深夜のショッピングテレビでやっているお腹の筋肉を鍛えるやつね」みたいなことを言われてしまいます。って、アブソニックじゃないんですが。

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EMSを取り外したら、次に液晶画面をはずします。
液晶画面は、2つのコネクタでつながっています。

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取り外すと、こんな感じです。

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コネクタがささっていた部分は、ファンクションキーf1、f2の上のあたりになります。

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液晶画面を取り外した後の本体です。

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次にキーボードをはずします。
キーボードは、フィルムのような薄いケーブルでつながっています。
フレキシブルケーブルと言うみたいです。
無理に引っ張ると切れてしまいます。
このケーブルがささっているコネクタの上の部分を指でつまんで上方へ引っ張るとロックがはずれます。
カチッと音がするまで、コネクタの上の部分を上方まで持ち上げます。
そうすると、ケーブルを指で持ち上げるだけでするっと抜けます。

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キーボードの下に台があるので、これをはずします。

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取り外したキーボードです。

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僕の持っているNS/Aはハードディスクが付いているんで、これも取り外します。

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これが内蔵されているハードディスクドライブです。

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次にフロッピーディスクドライブを取り外します。

まずは、コネクタをはずします。

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フレキシブルケーブルは、キーボードの時と同様に、ケーブルがささっているコネクタの上の部分を、カチッと音がするまで持ち上げてから抜きます。
写真では、コネクタ上部の白い部分を持ち上げることになります。

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取り外したフロッピーディスクドライブです。

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次にハードディスクを差し込む部分を取り外します。
ここのフレキシブルケーブルの取り外しも、キーボードやフロッピーディスクドライブの時と同様です。

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本体基板だけになりました。

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ここまできてから、修理に取り掛かります。

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持っているパソコン雑誌の中で一番古い [レトロパソコン雑誌]

今日のベストヒットUSAはラモーンズ特集でした。
ラモーンズは、大学生の頃にパンクロック好きな友人である下場くん(仮名)が教えてくれました。
あと、確か、槇原敬之のオールナイトニッポンでCMに入るときに使われていた曲がラモーンズの曲だったような気がします。違ったかな。

大人になってから、ラモーンズの曲を聴いたときに「僕が子供の頃の大学生が聴いていた曲だ」と気付いて、懐かしい感じがしましたよ。パンクなのに。

そんなラモーンズについて小林克也氏が説明してくれているのを聞きながら、今年のお盆に帰省したときのことを思い出していました。
僕が持っているパソコン雑誌で一番古いのってどれだろうかと思い、今年のお盆に帰省した際に探してみたんですよ。

1982年のI/Oが持っている中で一番古いかと思っていたら、そうしたら1980年9月号RAMが見つかりました。
小学生の頃に、近所のN大学の文化祭でやっていた古本市で買ったものです。

これが表紙です。
もはや伝説の雑誌です。

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広告も、今見ると懐かしい。

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これなんかすごい広告です。
CRTのブラウン管がむき出し!

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これって、本当にブラウン管むき出しで売っていたのかなぁ...

今、なにかと話題の東芝のマイコンボード。
ロゴが懐かしいです。

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TRS-80.
これはスタイルが好きで、欲しかったんですよねぇ。

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APPLE2の広告も載っています。

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これは日本電気のTK-85です。
TK-80は持っています。縁起物ですから。

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御三家の広告です。
コモドールのPETもスタイルがカッコ良かったですね。

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このシステムソフト福岡って、大戦略を作ったシステムソフトのことかな?

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ゲームプログラムも載っています。

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他にもいろんな記事が載っていました。

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日立のベーシックマスターのスタイルも痺れます。
やっぱり、すっげーカッコいい。

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裏表紙です。
素敵なポスターってどんなポスターだったんだろう?

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来週のベストヒットUSAは80年代の大ヒットナンバーの特集と予告が出ていました。
僕の願いが、やっと小林克也氏に届いたっ!って感じです。

来週が、待ち遠しい。

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コロコロの想い出がいっぱい [本]

さっきまで、テレビで「スターウォーズ ジェダイの復讐」をやっていたんで観てました。

観ながら、スーパーで買ったさけとばを食べて発泡酒を飲んでいたら、あまりにも組み合わせが良くて、大缶を3本も飲んでしまいました。飲みすぎです...

それにしても、スターウォーズは面白いですね。って当たり前か。
もうすぐエピソード8が上映されると聞くと、なんとなく寂しい感じもしますが、大いに楽しみでもあります。

僕は、エピソード4・5・6は劇場でリアルタイムで観ている世代です。
ちょうど、小学生のころです。
小学生のころは、コロコロコミックを読んでいたなぁというわけで、コロコロの話しをしたいと思います。

ちょっと前の話しになるけど、今年の夏、コロコロコミック40周年の記念イベントに行ってきました。
今では、さすがにコロコロを読んではいないけど、僕が住んでいるところの近くに来るってことがわかったんで、見に行ってみたんです。

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僕がコロコロコミックを読んでいたのは40年近く前のことです。
ちょうど、小さくて分厚い月刊漫画雑誌がいくつも出てきた頃でした。
コロコロコミックの他に、コミックボンボン、100点コミック、まるまるコミックなんてのもあり、買ったりもしていました。

実家の僕の部屋には、小学生の頃に買っていたコロコロコミックが、今でも本棚にあります。
これは、1982年3月号です。今から35年前ですかね。

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当時のコロコロコミックも、ドラえもんを中心として、小学生の好きそうなものを特集していた雑誌でしたが、中でもゲームセンターあらしは絶大な人気を誇っていました。
これが当時、連載されていた、ゲームセンターあらしです。
テレビアニメ化の特集をやっています。

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すがや先生が若い!

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時計機能付きのゲームが流行っていた頃だったので、その特集です。
当時は、すごく欲しかったですね。
今の小学生がスマホを欲しがるような感じですかね。

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LSIゲームの特集もありました。

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ここに載っているギャラクシアンが欲しくて、お金を貯めて買いましたね。
今でも大切にとってあります。

ドラえもんもあらしも好きだったけど、他の漫画も好きでした。

スーパーアクション刑事 ザ・ゴリラです。

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コルトシングルアクションアーミーという、バレルの長いリボルバー銃を使う刑事が主人公です。
そんな刑事いるわけないだろ、って今時の子供なら思うだろうけど、当時は大門軍団がブイブイ言わせていたので、あまり不自然とは思いませんでしたね。寺尾聰とか44マグナムとか持ってたし。

釣りバカ大将は、結構好きでした。

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あと、あさりちゃん。

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金メダルマンです。
主人公のたかしがわりとイイ味を出していました。

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とどろけ一番です。
これは、面白かったですねぇ。
毎月、楽しみにしていました。
四菱ハイユニの鉛筆が欲しかったですよ。

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ムツゴロウさんの自伝とも言える漫画です。
かわさきのぼるさんが描いていました。
今、一番欲しいと思う漫画です。

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当時は、コロコロコミックに少年ビックコミックの広告が出ていたんですよ。
これで、僕は少年ビックコミックを知って、そして「みゆき」を知りました。
初めて「みゆき」を読んだ時の衝撃は、今でも忘れられません。
その絵柄とストーリーに引き込まれて数十年。いまでも、「みゆき」は大好きな漫画の一つです。
そんな「みゆき」と巡り合わせてくれたのもコロコロでした。

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魔球が出てくる野球漫画、あばれ隼です。
今では、魔球どころか、野球漫画すら見かけませんね。

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このタムイシンマは、第一回藤子不二雄賞の大賞を取った漫画だったと思います。

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小学館子供文庫の広告ですが、「国鉄特急」のタイトルが、今となっては懐かしいです。
まぁ、ブルートレインも死語に近いですが...

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昔は、切手収集も趣味として、みんながやっていました。
ドラえもんの漫画の中でも、切手収集の話しが出てきたりしていましたからね。
これは、民営化する前の郵政省の頃です。←当然か...

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裏表紙はグリコのキャラメルの広告なんですが、驚いたことに、アラレちゃんが出ています。

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アラレちゃんは集英社のジャンプで人気だった漫画です。
それが、小学館のドラえもんを中心とする漫画雑誌の裏表紙に出ているんですよ。
なんとも、おおらかな時代だったんですねぇ...

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ドラゴンバスター その2 [レトロゲーム]

今日はジョン・レノンが撃たれて死んだ日だったんですね。
通勤する時に聴いている、NHKラジオの「今日は何の日」ってコーナーで言ってました。

その当時は、僕はもう小学生だったし、父親がビートルズ好きだったから、ジョンレノンが亡くなったというニュースが流れたのは憶えています。父親がひどく悲しんでいたのも。

僕自身は学生時代にやっていたバンドで、ビートルズのイン・マイ・ライフやイマジンを演奏したことがあります。
フルート、ギター、ベースという構成のバンドで僕はフルートでした。
個人的には、ビートルズの曲って、フルートで吹くのに合っていると思うんですよ。

そんな、バンド活動もしなくなって、パソコンでゲーム三昧な日々を送っていた頃に、Windows版のドラゴンバスターに出会いました。

メインのマシンをX68000からWindowsマシンに乗り換えてから、すでに4~5年は経っていました。
大型家電量販店で偶然にもWindows版のドラゴンバスターが発売されているのを知って、思わず購入してしまったわけです。

このときは、もはやクリアしようなどと思って購入したのではなくて、ただ懐かしさだけで買いました。
なので、プレイしたら案の定、4面までしか進めませんでした。

これがWindows版パッケージの表面です。

ドラゴンバスター Windows用(CD-ROM版)(1).jpg

ただの画面写真で、なんだか味気ないですよ。
やっぱり、ドラゴンが遠くを見ている幻想的なイラストじゃないとなぁ...

裏面もこの通りで、なんだかなぁって感じです。

ドラゴンバスター Windows用(CD-ROM版)(2).jpg

今回、ブログを書くために久しぶりにプレイしてみました。
これが画面です。

ドラゴンバスター Win用(2).jpg

ドラゴンバスター Win用(3).jpg

Windows 98マシンを実機でなんて用意していないから、仮想化ソフトのOS上でプレイしました。

ゲームを起動して思ったんですが、今では自分でプレイするよりも上手い人のプレイを見たいって気分です。

30数年前に、バッティングセンターの横のゲーセンで、繁則くんの後ろに立って見ていたように、上手い人のプレイを見ている方が、僕にとってはドラゴンバスターは面白く感じるんだということに、この歳になってやっと気付きました。

なので、今は、白角を飲みつつYouTubeでドラゴンバスターの上手い人のプレイを見るのが楽しみです。

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ドラゴンバスター その1 [レトロゲーム]

11月は出張続きで、家にいたのが1週間くらいでした。

ほとんどホテル住まいだったし、後半は朝早くから夜遅くまでだったので、心身ともに疲れてしまいました。
職場に帰ってからもいろいろとあって、まぁ、そんなこんなで、やっとブログの更新です。

前回のブログで上海のドラゴンの写真を見て、次もドラゴン繋がりの内容にしようと思っていました。

ドラゴンって名前のつくゲームで真っ先に思い出すのは、ドラゴンバスターなんですよね。
竜と魔法と剣とプリンセス、まさにファンタジーの王道です。
当時はファンタジーイラストの世界が、そのまま動いていると思いましたね。

画面が断面図みたいになっているのが、漫画かアニメのようで、見やすくて絵本のような楽しい雰囲気を出していました。
キャラクターのドット絵もテーブルトークロールプレイングゲームのフィギュアのような感じで色合いもくっきりしていて、今は、こういうドット絵らしいキャラクターっていうのは見なくなりましたね。

僕の初めてのプレイは、近所にあったバッティングセンターの横にあったゲームセンターでした。

ゲームセンターはプレハブでできていたので、夏は暑いし冬は寒いという環境でした。
一応、夏は扇風機が回っていたし、冬は石油ストーブが焚かれていたけど、結構劣悪な環境でしたね。

ゲーセンの入り口は2箇所あって、片方の入り口の近くには大型筐体のゲームがあって、もう一方の入り口は店内カウンターの前でした。
当時の大型筐体って言ったら、クレー射撃ゲームとかナムコのポールポジションとかペーパーボーイとかです。
一時期、サンダーセプターの筐体が置いてあったけど、すぐになくなりました。

そんなプレハブゲーセンの名前はバッティングセンターよつば(仮名)でした。

バッティングセンターが主たる建造物で、ゲームセンターであるプレハブは副次的なものとしてオーナーは考えていたんだろうけど、僕たちの間では「バッティングセンターに行く=ゲーセンに行く」という意味でした。

そんなわけで、「バッティングセンターよつばに行こう!」っていうのは、ゲームをやりに行こうって意味だったので、肝心のバッティングセンターはいつも閑古鳥が鳴いていました。

プレハブ小屋とはいっても中は結構広くて、テーブル筐体が縦に4台、横に6台の計24台が置いてあり、その他にクレーンゲームや大型筐体ゲームが2~3台置けるほどの広さでした。さらに、定員のいるカウンターもあったわけだから、かなり広かったんだと思います。

テーブル筐体のゲームは麻雀ゲーム以外はいろんなジャンルのゲームがありました。
今思えば、なぜか麻雀ゲームは無かったんですよ。なんでだろう?

まぁ、当時は、このバッティングセンターからそう遠くないところに何件もゲームセンターがあって、そっちのゲーセンには麻雀ゲームがたくさんあったから、麻雀ゲームをやりたいときには別のゲーセンをハシゴすればよかったわけです。

その、バッティングセンターよつばに、ドラゴンバスターの筐体は、わりと長い間置いてありました。
多分、インカムが良かったんでしょう。
僕も、結構つぎ込みましたからね。

僕にとっては、かなり難しいと感じる部類のゲームだったので、あまり先へは進めませんでした。
(ベーマガにドラゴンバスターの攻略記事が載ったことがあったような気がするんだけど、記憶違いかもしれません。)
でも、友人の繁則くん(仮名)はゲームに対する天性の素質を持っていて、ドラゴンバスターも難なく先へと進んでいました。

繁則くんの場合素質だけでなく、家が建設会社をやっていてかなり裕福な家庭だったので、ゲームのための資金も潤沢でした。なので、庶民である僕は、月に使える200円(すなわち、ドラゴンバスター2回分)を有効に活用すべく、常に繁則くんのプレイするドラゴンバスターを後ろから見て、攻略の仕方を学んでいました。

先日、棋士の藤井君や加藤一二三氏が、対戦相手の後ろに立って盤面を見ながら作戦を考えるシーンがテレビで出ていて、「あっ、昔の僕と一緒だ」と思いましたよ。←ウソ、全然違う、ゴメンナサイ。

それでも、自分自身の反射神経の悪さと記憶力の無さで、どうがんばっても7面までしか行きませんでした。
そして、いつの間にかゲーセンからドラゴンバスターの筐体は消えていたし、僕もバッティングセンターのゲーセンに行かなくなってしまいました。

そんな僕がX68000用のドラゴンバスターのゲームを買ったのは、懐かしんで楽しむためではなくて、好きなのに攻略できなかったという、再挑戦という思いからでした。

X68000版のパッケージです。

ドラゴンバスター X68000用(5インチディスク版)(1).JPG

プレハブのゲーセンの壁(ベニヤ板)には、この絵のポスターが貼ってありました。
崖で翼を休めて遠くを見ているドラゴン。
すごく幻想的な絵に思えましたね。

パッケージの裏です。

ドラゴンバスター X68000用(5インチディスク版)(2).JPG

X68000版は5インチディスクでした。

ドラゴンバスター X68000用(5インチディスク版)(3).JPG

で、結局のところ再チャレンジはどうなったかというと、反射神経と記憶力が良くなっているはずもなく、全然先に進むことができませんでした。

それでまぁ、そこそこに遊んで、本棚にしまってしまいました。
これ以降、数年間はドラゴンバスターのことを忘れていました。

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上海 その1 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAはザ・ストライプスがゲストでした。
ジェフ・ベックやエルトン・ジョンも絶賛とか言ってました。
聴いて、なるほどと思いましたね。いいバンドです。僕ぐらいの年齢の洋楽ファンにはしっくりくる曲を歌っています。

最後に流れた、ザ・フーの2017年のライブには痺れました。これがロックなんだなぁって。
そんな、ザ・フーの曲を聴きながら、今でも遊ぶ上海のことを書いています。

上海は中学の頃からの友人である、尾与田くん(仮名)の家で20歳前半の時に遊んだのが最初です。
でも、ゲーム画面を見たというのはもっと前です。

上海の画面自体は、地元にあったダイエーのパソコン売り場で見たのが最初です。
そこにあったPC-9801CVでデモが流れていました。
ちなみに、NECの98シリーズの中で一番好きなのがPC-9801CVです。

昔はパソコンのチラシを集めるのが好きで、デパートや電気屋のパソコン売り場に行ったら、必ずチラシをもらってきました。
今年のお盆に実家に帰ったときに、部屋のバインダーを整理していたら、パソコンのチラシとかフリーペーパーがけっこう出てきたんで、今、スキャンしているところです。
そんなチラシの中に、PC-9801CVのチラシもちゃんとありました。
そのうち、ブログにアップします。

その友人は、工業高校を出て地元の産業用ソフトウェアの開発をする会社に就職したんです。
僕は学生だったから冬休みがあって、その友達の家に泊りこんでパソコンゲームをしていた時に、何本かあったゲームの内の1つが上海でした。

雑誌の記事でルールは知っていたので試しにプレイしてみたら、想像以上に面白くて、結局夕方までずっと遊んでいました。
友達が部屋にいたかどうかは、今となっては憶えていません。
もしかしたら、僕がゲームをしている間、会社に行っていたのかも...

FM-TOWNS版の上海はHOT・Bが作っていたんですね。
忘れていました。
タイトルがドラゴンズ・アイってなっています。
これがパッケージです。

スーパー上海 ドラゴンズアイ FM-TOWNS用(CD-ROM版)(1).jpg

スーパー上海 ドラゴンズアイ FM-TOWNS用(CD-ROM版)(2).jpg

HOT・Bっていうとカレイド・スコープとかを思い出しますね。
これはカレイド・スコープの広告でI/O(1986年3月号)に載っていたやつです。
この広告がカッコ良かったなぁ~。

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TOWNS版なんでCD-ROMです。

スーパー上海 ドラゴンズアイ FM-TOWNS用(CD-ROM版)(3).jpg

ソフトウェア保証書なんてのも付いていました。

スーパー上海 ドラゴンズアイ FM-TOWNS用(CD-ROM版)(5).jpg

これは上海Ⅱです。
X68000版で、5インチディスクです。
製作はハドソンでした。

上海Ⅱ X68000用(5インチディスク版)(1).JPG

上海Ⅱ X68000用(5インチディスク版)(2).JPG

上海Ⅱ X68000用(5インチディスク版)(3).JPG

ハドソンって言ったら、僕の中ではデゼニランドやサラダの国のトマト姫といったアドベンチャーゲームのソフトハウスってイメージですね。
ただまぁ、ファミコンに軸足を置いてからはパソコンゲームはパッとしなかった感じです。

個人的には、マニュアルのこのドラゴンが、一番「上海」っぽいって気がしています。

上海Ⅱ X68000用(5インチディスク版)(4).JPG

上海は、個人的にはディスプレイ一体型のパソコンでプレイするのが、一番しっくりします。
それは、Mac SEやPC-9801CVなんかでプレイした印象が強いからなんでしょうね。


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イシターの復活(ザ・リターン・オブ・イシター) その2 [レトロゲーム]

今週のベストヒットUSAはプレスリー特集でした。
プレスリーを直接知っているわけじゃないんで、何かの作品の中でプレスリーのことを扱っていたなぁって感じで思い出すわけです。

なので、プレスリーって聞くと、僕としては、バック・トゥ・ザ・フューチャーとかフォレスト・ガンプとかの作品の中で出てきたなぁって感じで思い出すわけです。
まぁ、真っ先に思い出すのは「OKAWARI BOY スターザンス」に出てきたエルビスちゃんですが。

それにしても、今、プレスリーの歌っている映像を観るとやはり衝撃的ですね。
あとやっぱり、あの衣装とモミアゲ。

長距離ドライブをしなければならないときは、プレスリーとビートルズとマイケルジャクソンをローテーションで流しておけばとりあえずOKかもしれないなとか思ってしまいました。

トップ20のチャートを見たら、PINKの新曲が入っていて、これは僕的に懐かしかったですよ。
14~15年前によく聴いたもんで。

ベストヒットUSAを観ていたら、イシターの復活の続きを書きたくなったので書いてみます。
Windows版が出た時に、これなら手軽にイシターができると思って買ってしまいました。

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パッケージのデザインはまあまあです。
MSX版のような感じにしてほしかったんですが、とりあえず、カイとギルが描かれているから良しとします。

イシターの復活 for WIN(2).jpg

裏は、なんだかとりとめなく画面が並べてあるだけ...
パッケージのデザインは、MSX版が断然イイです。

ゲームのほうはちゃんとイシターだったので、楽しむことができます。
オープニング画面です。

リターン オブ イシター VMWin用(1).jpg

リターン オブ イシター VMWin用(2).jpg

この画面を見ると気分が盛り上がりますよ。

リターン オブ イシター VMWin用(3).jpg

PC-8801mkⅡSR以降のシリーズやPC-9801シリーズでもイシターの復活は遊べました。
これらの機種の移植をしたのは、あのSPSでした。
これは、BASICマガジン(1988年4月号)の広告です。

BASICマガジン 1988年4月号(139).jpg

SPSはX68000付属のグラディウスよりも以前から知っていました。

小学生の時にPC-8001を持っていた友人(正確に言うと、その父親が所有していたものを勝手に使っていた)がSPSのゲームを持っていて、遊ばせてもらったことがあるからです。

これはI/O(1984年2月号)のSPSの広告です。

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ここにある、ペンタンシリーズを持ってたんです。
当時は、ゲーム製作会社っていうのが地方に結構あって、東京一極集中ではなかったという印象でした。

現在と違って、コンピュータネットワークが整備されていたわけじゃないから、当時の製作者って独学や自分の思うがままにゲームを作っていたんだと感じますね。

なので、今思うと、会社ごとの特色って、その会社がある地方色を反映していたんじゃないかと思います。
調べたわけじゃないけど、昔のパソコン雑誌を見ているとそんな感じがするんですよね。
誰か、調べて分析してくれないですかね。

イシターは、当時、ナムコゲー好きならば誰もがハマったゲームだと思います。
なので、イシターをベースにして自作ゲームを作ったり、漫画を描いたり、小説を書いたりした人も多かったんじゃないかと思います。

そうそう、絵を描くということについて思ったことがあります。

以前、友人の鳥皮さん(仮名)が昔(80年代中頃)入っていた同人誌を見せてもらった時に、イシターの漫画を書いていた絵が上手い人がいて、この人はその後どうなったのかと聞いたら、プロの漫画家になったって言われて、やっぱりなぁとか思いました。
プロになる人は、10代の頃からもはや画力が違いますからね。

あと、20代の時に働いていた会社で知り合ったイラストレーターの円堂さん(仮名)から、アメコミ調のイラストが描かれた年賀状をもらったときに「やっぱり長年絵を描いてお金を稼いでいる人の絵は素人とは全く違うなぁ」という感想を持ちました。

田舎から上京して、絵を描くことを仕事にしている人の作業風景というのを、その会社で初めて見たときに、途中経過の完成度の高さに驚きました。下書きの段階とかで、もはや素人とは違いますね。

あと、大学の時の友人の花町くん(仮名)は、学生時代にデザインの仕事の方へとシフトしてしまったために、1年生を3回やって大学を出て行ってしまったけど、そのシフトは正解だったんじゃないかと最近になって思うんですよ。

今思えば大学で習うことっていうのは誰でも時間をかければできるようになる内容で、デザインセンスとかっていうのは習ったからできるようになるものではないってことだと、この歳になってようやくわかりました。
なので、人には持って生まれたものっていうのがあると思うんですよね。
そういうのに、気付けたのであれば、それが正解なんじゃないかと思うわけです。

花町くんは、最近では某幼稚園児活躍漫画のムックの装丁とか高校の非常勤講師とかやったりして活躍しているんだけど、大学で高校の教員免許を取ったのにまったく活用していない僕よりも、高校生に大切なことを教えていると思いますよ、ホント。

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今日が発売日でした。 [その他]

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコンです。

去年、ファミコンミニを予約するためにイオンに行ったときには、すんなりと予約ができたのに、今年は予約のための抽選会があってビックリしました。
こんなもの、いい歳したオッサンしか買わないだろうと思って、今回も普通に予約できると思っていたんですよ。

でまぁ、無事に予約の抽選に当たったので、今日、手にすることができました。

箱は小さいけど、当時のスーパーファミコンの箱ですね。

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21本のゲームが入っているんですが、このうちの半分くらいは実物を持っています。
でも、スターフォックス2は未発売のゲームだということで、このために購入したとようなもんです。

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コントローラーのサイズが、当時と同サイズになりました。
確かに、ファミコンミニの時は小さくて、ちょっとやり辛かったですね。

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マニュアルも昔のスーファミマニュアルです。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(3).jpg

で、コントローラーを差し込もうと思ったら、イミテーションでした。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(5).jpg

コントローラーのコネクタの形状はこんな感じ。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(6).jpg

どこに差し込むのかしばらく考えてしまいました。
(マニュアルを見ろという話しもある)

いろんな角度から眺めてみたら、イミテーションのコネクタが蓋になっていることを発見!
開けると、差し込み口が出てきました。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(7).jpg

コントローラーだけが大きいと、これはこれでなんだか違和感がありますね。

ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン(8).jpg

昔、さんざんやったマリオカートをまたやるんだろうなってことが、容易に想像できます。

僕にとっては、スーファミのグラフィックスや音楽が、目や耳に心地よいんですよ。
このミニスーファミがあれば、スイッチなんていらないなぁ。

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イシターの復活(ザ・リターン・オブ・イシター) その1 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAはビートルズでした。
ビートルズはやっぱりいいですね。
でも、僕の世代と言うよりも、もっと上の世代の人達のものという感じがいつもするんですよ。
父親もよく聴いていたから、いわゆる団塊の世代のものみたいな印象があるんでしょうね。

僕も、学生の頃にバンドを組んでビートルズの曲をフルートで吹いたりしていました。
イン・マイライフが一番好きで、いつもそればかり吹いていた記憶があります。
ってゆーか、フルートを大学に入ってから独学で練習していたんで、あまり吹ける曲がなかったんですけどね。

それにしても、番組はジョージ・マーティンから見たビートルズといった内容で、さすがは小林克也氏と思わせる面白い内容でした。
ビートルズ特集とはいっても、他とは違う側面を教えてくれるベストヒットUSAはすごいです。

中学の頃ビートルズ好きの教師がいて、ヘイ・ジュードを授業中に聴いたことがあります。
僕とか、クラスにいた洋楽好きには定番の曲だったので「ビートルズね」みたいな感じだったけど、洋楽を聴いたことのない生徒にとっては「この曲は何?」って感じでした。
そして、そんなクラスの人達をみて「僕は知ってるぜ」みたいな優越感にひたっていたネクラな学生でした。
(非常に中途半端なヲタク野郎でしたね)

当時の僕はヘイ・ジュードを聴くと、ガンダムZZの主人公ジュドー・アーシタを真っ先に思いました。
(今でもそうだけど)
まぁ、この連想はよくある話しだと思いますが。

土曜日の夕方のガンダムZZは必ず観ていた番組でした。
そのガンダムZZが始まるまでは、近所にあったバッティングセンターの横のゲームセンターでゲームをやるのが、毎週土曜日のルーティーンとなっていました。

そんな、ガンダムZZを観ていた当時にゲームセンターでよくプレイしていたのがイシターの復活でした。

イシターの復活は、近所のバッティングセンター横のゲーセンではみんなプレイしていましたね。
とにかく、すべてが斬新で日本離れしたゲームだなぁと思いました。
こんなゲームを作れたらいいなと憧れましたね。

僕が持っているのはMSX2版のイシターの復活(ザ・リターン・オブ・イシター)です。
MSX2でイシターができる日がくるなんて、ゲーセンでプレイしていた頃には夢にも思わなかったですよ。

イシターの復活 MSX2用(ロムカセット版)(1).JPG

パッケージの裏には、画面の数々が。

イシターの復活 MSX2用(ロムカセット版)(2).JPG

MSX2用でメガロムです。

イシターの復活 MSX2用(ロムカセット版)(3).JPG

説明書もカッコイイ!

イシターの復活 MSX2用(ロムカセット版)(4).JPG

X68K版も出たと思うんですが、それは買った記憶はありません。
なんでだろう?
多分、友達の家でプレイしていたから、自分では買わなかったんだと思います。

そうそう、書き忘れていたけど、ヘイ・ジュードもフルートで吹いてました。
イイ曲です。


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ウイングマン その2 [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAは、トレヴァー・ホーン特集の続きでした。

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのリラックスは、当時は歌詞の意味はわからなかったけどメロディとかサウンドが良くて、ラジオから録音したテープをいつも聴いていました。

後から、これがゲイの曲だと知ってビックリしました。
まぁ、日本語に訳された歌詞をよく読んでみればわかりそうなもんですけどね。

そうそう、僕がまだ20代の頃、学生時代の友人の木根さん(仮名)が、最終的には男性が一番気持ちいいのは男性だとサド侯爵が書いていると教えてくれたのを思い出しました。
木根さんは、風俗嬢やゲイのことに精通していて、人間の可能性と業の深さを教えてくれる大変な識者で、いつも感心していました。

番組の最後の方で、小林克也氏がトレヴァー・ホーンに引退するの?って聞いたら、トレヴァー・ホーンから逆に、君は引退するの?みたいに聞かれて、小林克也氏はスタジオで倒れるまでやるという心意気を述べていたので嬉しくなりました。
可能な限りいつまでも、ベストヒットUSAを観ていたいですからね。

そんなわけで、ウイングマンの続きのゲームであるウイングマン2を見てみます。
アニメのウイングマンはゴーストリメルとか出てきて、よくわからない展開で終わりましたが、ウイングマン2にはゴーストリメルは出てきませんでした。

ウイングマン2は更にキレイで面白くなっています。
これはI/O(1986年3月号)の広告です。

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色の塗り方が凝った感じになっていました。
あと、変身シーンのアニメーションが細かくなっていたのを憶えています。

これはBASICマガジン(1988年4月号)の広告です。

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ウイングマン2の広告のイラストは、単行本の表紙絵をを使っていて、それが他のゲームの広告とは違っていてカッコ良かったですね。

X1用のウイングマン2は5インチディスク版です。

ウイングマン2 X1用(5インチディスク版)(1).JPG

ウイングマン2 X1用(5インチディスク版)(2).JPG

X1の画面は640×200ドットで8色カラーでしたが、中間色とかを使うとわりと綺麗な画面を描くことができました。
パッケージ裏の画面写真を見ても、画面の素晴らしさがわかります。
X1turboだと640×400ドットの画面もあったけど、ゲームではあまり使われていませんでした。

MSX用ウイングマン2も出ていました。

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(1).jpg

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(2).jpg

画面写真を見ると、MSX版はこれはこれでいい雰囲気です。
色合いとかが、今のゲームでは絶対にやらないだろうって感じですね。

絵やアニメーションって、細かければいいってわけじゃないと僕は思っています。
リアルさや細かさを追求していったら、自然界に実在するもの以上のモノは無いわけだから、人間の創作物そのものが意味をなさなくなってしまうと思うんですよ。

細かさとかじゃなくて、空気感みたいなものを表現できているものが、どんな人にも受け入れてもらえるリアルさを持っているんじゃないかなぁとか、最近思います。
そんなわけで、MSX版ウイングマン2は、ウイングマンという作品の持っている空気感をちゃんと表現していたゲームでした。

ただ、その空気感を表現するためには容量の大きなメガROMが必要だったんだろうなぁと、当時は思いました。
そう考えると、メガROMって偉大です。

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(6).jpg

マニュアルです。

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(3).jpg

製作者のTAMTAMも写真で載っています。

ウイングマン2 MSX用(ロムカセット版)(4).jpg

この、キーボードを抱えて写っている姿が、当時はカッコイイなぁと思っていたんですよ。


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ウイングマン その1 [レトロゲーム]

今日は、営業活動中心の一日でした。
社用車の走行距離が100km近くになっていたから、普段は外回りをしない僕としては結構動いたなとか思いました。今月は、わりと外回りがあるので腰が痛いです。(車のシートが体に合わないんで...)

日中が暑かったこともあってか帰ってきたらクタクタでしたが、なんとかベストヒットUSAの時間まで起きていました。
なにしろ今日は、トレヴァー・ホーンが出てきて80年代の曲中心なんだから。。

「ラジオ・スターの悲劇」は好きでしたねぇ。
女声コーラスの「ア~ッ、アアア~ッ、ア~」ってのがカッコ良くて、なんかテクノって感じでしたね。

一度、スナックで歌ったことがあるんですが、ママもスタッフの女の子も誰一人知らなくて、一人でコーラスも含めて歌いました。
ママがすごく上手だと言ってくれたけど、なんだか寂しい気分になりましたね。
それ以来、スナックで80年代洋楽を歌うのは控えています。

以前に描いた4コマ漫画に出てきた鳥川先輩なんかは、イエスのロンリーハートをよく聴いていたとかで、まぁ、僕らの世代が小学生や中学生の頃に聴いた有名な音楽なんかは彼の曲ですよね。

そして、イエスとか聴きながらウイングマンのゲームをやってたなぁとか思い出したわけです。

ウイングマンのゲームがやりたくてX1を買ったと言っても過言ではないくらいに好きな漫画でした。(1番ではないけど)
小学生、中学生の頃は漫画雑誌をよく読んでいたけど、室はジャンプはほとんど読んでいませんでした。

当時読んでいたのは、コロコロコミック、サンデー、マガジン、少年ビックコミックでした。
マガジンでは凄ノ王、コータローまかりとおる、愛しのブッチャーが好きでした。
でも、凄ノ王の連載が中断した時点で読まなくなりました。

マガジンと同時期に読んでいたサンデーの中では、うる星やつら、六三四の剣、ふたり鷹が好きでしたね。
あと、少年ビックコミックが一番好きで、みゆき、エスパー魔美、エリア88、結婚ゲームとか。
そんなわけで、ジャンプは読んだことがなかったんですが、北斗の拳、ウイングマン、奇面組、きまぐれオレンジロード、リッキータイフーン、コブラは単行本で読んでました。

桂正和氏の絵は、僕としてはウイングマンの頃の感じが好きです。同様に、原秀則氏の絵も、さよなら三角の頃のが好きです。
というわけで、ウイングマンのゲームは画面がキレイで、まるでオリジナルの漫画を見ているかのような感覚でした。
雑誌の広告を見ていると、期待が高まってはやくプレイしたいという欲求が抑えきれませんでしたよ。

これはI/O(1985年7月号)のエニックスの広告です。

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下には、ザースの広告と軽井沢誘拐案内の広告です。

I/O(1986年3月号)のエニックスの広告です。
ウイングマン、ザース、軽井沢誘拐案内の3つの広告は健在です。

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マイコンBASICマガジン(1985年1月号)の広告です。
ベーマガの広告では、また違った画面写真が使われています。

BASICマガジン 1985年1月号(161).JPG

テクノポリス(1986年6月号)に、ウイングマンを作ったTAMTAMの記事が載っていました。
TAMTAMもそうだし、ザースを作ったスタジオ・ジャンドラとか、当時は憧れのグループでしたね。

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テクノポリス 1986年6月号(91).jpg

これはI/O(1985年7月号)に載っていたエニックス通信です。
この1985年7月号のエニックス通信では、TAMTAMとスタジオ・ジャンドラの紹介がされています。

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ベーマガでは、後ろの方の白黒ページに当時人気のあったソフトハウスのコーナーを1ページ単位で用意していました。
エニックスの他にも、テレネット、スクウェア、ブレイングレイ、ランダムハウスなどいろいろなソフトハウスがコーナーを持っていて、毎月、読むのが楽しみでした。

このI/Oのエニックス通信は1986年3月号まで続きました。

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読者のイラストを見ていると、いかにも80年当時のイラストだなぁと感じますね。

このウイングマンはX1用のテープ版です。
あおいさんとみくちゃん。
みゆきで言えば、鹿島みゆきと若松みゆき。
どちらかを選べなんて無理な話しです。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(1).jpg

パッケージの裏はこれ。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(2).jpg

テープ版2本組です。
現代の日本からポドリムス空間に移動するときにテープを交換したような気がします。←うろ覚え
僕の人生は、いつ2本目のテープに交換されるんだろう、とか思ってしまいますな。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(3).jpg

これがマニュアルです。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(4).jpg

今日はベストヒットUSAを観るときに、セブンイレブンから買ってきたベーコンチリの細切りポテトを食べました。
ただ、飲み物は麦茶にしました。
以前は、お酒や炭酸飲料水を飲みながら観ていたんですが、ちょっと前に血便が出て大腸にカメラを入れてしまったんです。
それ以来、飲み物はお茶や麦茶を中心にしています。はぁ~...


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フリッキー その2 [レトロゲーム]

フリッキーの話しの続きです。

臼木くんはフリッキーの他にペンゴも好きで、ゲーセンに行くといつもプレイしていました。
ペンゴはパズル的な要素が強いアクションゲームで、臼木くんはその手のゲームが得意な人だったので、一度始めると結構長い時間プレイしていました。
たぶん、30分はいつもプレイしていたと思います。

僕と臼木くんが毎日のように通っていた、ミツバ・バッティングセンター(仮称)の横にあったゲームセンターにペンゴがあって、そこで、いつもプレイしていました。
ゲームセンターとは言っても、夏は暑く冬は寒いという典型的なプレハブ小屋でした。

臼木くんがペンゴが上手というのは、ゲームセンターに通っているメンバーの間では有名で、ペンゴのテーブルの前に立っただけでギャラリーが集まってきたものです。

そんなわけで、Windows用にセガメモリアル・セレクションというゲームが出たとき、その中身を見たら「ペンゴ」「フリッキー」「ファンタジーゾーン」だったので、なるほど~と思いました。
フリッキーが好きな人は、やっぱりペンゴも好きなんですね。よく、わかります。

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ケースの裏面には3つのゲームの紹介が書いてあります。
こういうのが書いてあるのって大事です。
企画した人が、これらのゲームに愛を持っているのがわかります。

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ペンゴって1982年だったのか...
フリッキーは1984年ってあるけど、もうちょっと前だったと勘違いしていました。
わりと新しかったんですね。

ディスク面に主人公キャラのドット絵が描いてあるというのも、素晴らしいセンスです。
やっぱり愛に溢れている。

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ペンゴはアクションパズルゲームとしては傑作だったと思います。
当時は、似た感じのゲームが出たり、投稿ゲームでもそのシステムを真似されていたりしましたからね。

これはI/O(1984年2月号)の広告です。

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実際にプレイしたことはないんだけど、多分、ペンゴ似のゲームなんだろうって思いました。
氷塊を飛ばして退治ってあたりが、ペンゴを匂わせます。
ただ、ペンゴの面白さって星ブロックを3つ並べるというパズル的な面白さなんですよね。
フリッキーの面白さもスクロールの爽快感と、ヒナを上手く導くパズル的なところなんですよ。

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