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ウイングマン その1 [レトロゲーム]

今日は、営業活動中心の一日でした。
社用車の走行距離が100km近くになっていたから、普段は外回りをしない僕としては結構動いたなとか思いました。今月は、わりと外回りがあるので腰が痛いです。(車のシートが体に合わないんで...)

日中が暑かったこともあってか帰ってきたらクタクタでしたが、なんとかベストヒットUSAの時間まで起きていました。
なにしろ今日は、トレヴァー・ホーンが出てきて80年代の曲中心なんだから。。

「ラジオ・スターの悲劇」は好きでしたねぇ。
女声コーラスの「ア~ッ、アアア~ッ、ア~」ってのがカッコ良くて、なんかテクノって感じでしたね。

一度、スナックで歌ったことがあるんですが、ママもスタッフの女の子も誰一人知らなくて、一人でコーラスも含めて歌いました。
ママがすごく上手だと言ってくれたけど、なんだか寂しい気分になりましたね。
それ以来、スナックで80年代洋楽を歌うのは控えています。

以前に描いた4コマ漫画に出てきた鳥川先輩なんかは、イエスのロンリーハートをよく聴いていたとかで、まぁ、僕らの世代が小学生や中学生の頃に聴いた有名な音楽なんかは彼の曲ですよね。

そして、イエスとか聴きながらウイングマンのゲームをやってたなぁとか思い出したわけです。

ウイングマンのゲームがやりたくてX1を買ったと言っても過言ではないくらいに好きな漫画でした。(1番ではないけど)
小学生、中学生の頃は漫画雑誌をよく読んでいたけど、室はジャンプはほとんど読んでいませんでした。

当時読んでいたのは、コロコロコミック、サンデー、マガジン、少年ビックコミックでした。
マガジンでは凄ノ王、コータローまかりとおる、愛しのブッチャーが好きでした。
でも、凄ノ王の連載が中断した時点で読まなくなりました。

マガジンと同時期に読んでいたサンデーの中では、うる星やつら、六三四の剣、ふたり鷹が好きでしたね。
あと、少年ビックコミックが一番好きで、みゆき、エスパー魔美、エリア88、結婚ゲームとか。
そんなわけで、ジャンプは読んだことがなかったんですが、北斗の拳、ウイングマン、奇面組、きまぐれオレンジロード、リッキータイフーン、コブラは単行本で読んでました。

桂正和氏の絵は、僕としてはウイングマンの頃の感じが好きです。同様に、原秀則氏の絵も、さよなら三角の頃のが好きです。
というわけで、ウイングマンのゲームは画面がキレイで、まるでオリジナルの漫画を見ているかのような感覚でした。
雑誌の広告を見ていると、期待が高まってはやくプレイしたいという欲求が抑えきれませんでしたよ。

これはI/O(1985年7月号)のエニックスの広告です。

1985年7月(66).jpg

下には、ザースの広告と軽井沢誘拐案内の広告です。

I/O(1986年3月号)のエニックスの広告です。
ウイングマン、ザース、軽井沢誘拐案内の3つの広告は健在です。

1986年3月(50).jpg

マイコンBASICマガジン(1985年1月号)の広告です。
ベーマガの広告では、また違った画面写真が使われています。

BASICマガジン 1985年1月号(161).JPG

テクノポリス(1986年6月号)に、ウイングマンを作ったTAMTAMの記事が載っていました。
TAMTAMもそうだし、ザースを作ったスタジオ・ジャンドラとか、当時は憧れのグループでしたね。

テクノポリス 1986年6月号(86).jpg

テクノポリス 1986年6月号(91).jpg

これはI/O(1985年7月号)に載っていたエニックス通信です。
この1985年7月号のエニックス通信では、TAMTAMとスタジオ・ジャンドラの紹介がされています。

1985年7月(141).jpg

ベーマガでは、後ろの方の白黒ページに当時人気のあったソフトハウスのコーナーを1ページ単位で用意していました。
エニックスの他にも、テレネット、スクウェア、ブレイングレイ、ランダムハウスなどいろいろなソフトハウスがコーナーを持っていて、毎月、読むのが楽しみでした。

このI/Oのエニックス通信は1986年3月号まで続きました。

1986年3月(92).jpg

読者のイラストを見ていると、いかにも80年当時のイラストだなぁと感じますね。

このウイングマンはX1用のテープ版です。
あおいさんとみくちゃん。
みゆきで言えば、鹿島みゆきと若松みゆき。
どちらかを選べなんて無理な話しです。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(1).jpg

パッケージの裏はこれ。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(2).jpg

テープ版2本組です。
現代の日本からポドリムス空間に移動するときにテープを交換したような気がします。←うろ覚え
僕の人生は、いつ2本目のテープに交換されるんだろう、とか思ってしまいますな。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(3).jpg

これがマニュアルです。

ウイングマン X1用(カセットテープ版)(4).jpg

今日はベストヒットUSAを観るときに、セブンイレブンから買ってきたベーコンチリの細切りポテトを食べました。
ただ、飲み物は麦茶にしました。
以前は、お酒や炭酸飲料水を飲みながら観ていたんですが、ちょっと前に血便が出て大腸にカメラを入れてしまったんです。
それ以来、飲み物はお茶や麦茶を中心にしています。はぁ~...


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フリッキー その2 [レトロゲーム]

フリッキーの話しの続きです。

臼木くんはフリッキーの他にペンゴも好きで、ゲーセンに行くといつもプレイしていました。
ペンゴはパズル的な要素が強いアクションゲームで、臼木くんはその手のゲームが得意な人だったので、一度始めると結構長い時間プレイしていました。
たぶん、30分はいつもプレイしていたと思います。

僕と臼木くんが毎日のように通っていた、ミツバ・バッティングセンター(仮称)の横にあったゲームセンターにペンゴがあって、そこで、いつもプレイしていました。
ゲームセンターとは言っても、夏は暑く冬は寒いという典型的なプレハブ小屋でした。

臼木くんがペンゴが上手というのは、ゲームセンターに通っているメンバーの間では有名で、ペンゴのテーブルの前に立っただけでギャラリーが集まってきたものです。

そんなわけで、Windows用にセガメモリアル・セレクションというゲームが出たとき、その中身を見たら「ペンゴ」「フリッキー」「ファンタジーゾーン」だったので、なるほど~と思いました。
フリッキーが好きな人は、やっぱりペンゴも好きなんですね。よく、わかります。

セガ メモリアルセレクション Windows(CD-ROM版)(2).JPG

ケースの裏面には3つのゲームの紹介が書いてあります。
こういうのが書いてあるのって大事です。
企画した人が、これらのゲームに愛を持っているのがわかります。

セガ メモリアルセレクション Windows(CD-ROM版)(3).JPG

ペンゴって1982年だったのか...
フリッキーは1984年ってあるけど、もうちょっと前だったと勘違いしていました。
わりと新しかったんですね。

ディスク面に主人公キャラのドット絵が描いてあるというのも、素晴らしいセンスです。
やっぱり愛に溢れている。

セガ メモリアルセレクション Windows(CD-ROM版)(4).JPG

ペンゴはアクションパズルゲームとしては傑作だったと思います。
当時は、似た感じのゲームが出たり、投稿ゲームでもそのシステムを真似されていたりしましたからね。

これはI/O(1984年2月号)の広告です。

IO 1984年2月号 広告.jpg

実際にプレイしたことはないんだけど、多分、ペンゴ似のゲームなんだろうって思いました。
氷塊を飛ばして退治ってあたりが、ペンゴを匂わせます。
ただ、ペンゴの面白さって星ブロックを3つ並べるというパズル的な面白さなんですよね。
フリッキーの面白さもスクロールの爽快感と、ヒナを上手く導くパズル的なところなんですよ。

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フリッキー その1 [レトロゲーム]

かなり眠いですが、ベストヒットUSAをリアルタイムで今日も観ました。
ビデオにも録画しているんだけど、やはりオンタイムで観ないとしっくりきません。
でも、週の中日は辛いなぁ...また週末に移動してくれないかな。

今日の特集だったロードって人は知りませんでした。
なんか、今日の番組の内容は個人的には盛り上がりに欠けた感じでした。
でも、来週はトレヴァー・ホーンとの対談なので期待大です。

また、80年代中心の内容になるんじゃないかと思うと、今から楽しみです。
ラジオ・スターの悲劇は、通勤時にかける曲リストに今でも入れています。
この曲を聴くと、自転車を駆って駅前までゲームをやりに行っていた頃を思い出します。

でまぁ、来週の予告を観てラジオ・スターの悲劇が聴きたくなって、今聴いていたらフリッキーのことを思い出しました。

その当時は、友人の臼木くん(仮名)が、フリッキーが好きでよくプレイしていました。
僕も臼木くんも可愛らしいキャラクターのゲームが好きだったので、フリッキーの他に、マッピー、トイポップ、ちゃっくんポップなんかを、いつもプレイしていました。

フリッキーは親鳥の後をついてくるヒナ鳥のなめらかな動きや、向きを反転させるときの軽やかなジャンプなんかが、操作していて気持ちよかったんですよ。
円筒形スクロールはファンタジーゾーンやシティコネクションなんかもですね。思い出されます。

僕の家の近所のゲーセンには置いてなくて、よくプレイしたのは街中にあったリューホテル(仮名)の地下1階にあったゲームコーナーでした。
このリューホテルには洋品店やヤマハの音楽教室なんかが1階、2階にあって、当時としては洒落た感じのビルでした。3階は高級そうな日本料理店がありました。
その上はホテルで、僕の中では地元でも高級なホテルというイメージでした。

でも、地下1階にはラーメン屋とか休憩コーナーなんかがあって、庶民的な雰囲気が漂っていました。
休憩コーナーの隣に観葉植物に挟まれて置いてあったのがフリッキーでした。

これはX1で遊んだ5インチ版のフリッキーです。

フリッキー X1、PC-8801シリーズ用(5インチディスク版)(1).JPG

パッケージの裏には画面写真があります。

フリッキー X1、PC-8801シリーズ用(5インチディスク版)(2).JPG

僕が持っているのは5インチディスク版です。

フリッキー X1、PC-8801シリーズ用(5インチディスク版)(3).JPG

マニュアルです。
ネコの名前は「ニャンニャン」って言ったのか...なんか、ここだけアダルトな感じがしますな。

フリッキー X1、PC-8801シリーズ用(5インチディスク版)(4).JPG

I/O(1986年3月号)の広告です。
よく見ると日立のS1とかMZ-1500とかも出ていたんですね。知りませんでした。

1986年3月(65).jpg

やっぱり、週の中日にこの時間まで起きているのはしんどいです。
ベストヒットUSA、週末に移動してくれないかなぁ...

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ベストヒットUSAのCDボックス [音楽]

週の中日に夜遅くまで起きているのは結構しんどいんですが、ベストヒットUSAを観るためなので仕方ありません。
それに、最近はベストヒットUSAが始まるまでドクターGを観ているんで、あっという間に時間が過ぎます。
やはり、この歳になると病気の話しって気になるんですよね。

つい先日、ケツの穴にカメラをぶち込んでしまいまして、なんてゆーか、新たな世界を見たって感じです。
いや、検査の結果、大腸に何もなかったんで良かったんだけど。

自動車だって2年に1度、車検で全身を検査しているんだから、人間もやらないとだめだよなぁとか、カメラをぶち込まれながら思いましたね。

今から15~16年前に買った、ベストヒットUSAのコンピレーションボックスです。

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小林克也氏の写真と解説が付いていたので購入しました。
まだ髪の色が黒いですねぇ...

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ベストヒットUSA放送開始当初の話しは、「そんなことがあったのかぁ」と当時、リアルタイムで観ていた僕としては大変興味深いです。

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克也氏本人が記しているように「私がカメラに向かってしゃべっていた唯一の英語は『THE BEST HIT USA See you next week!』だった」というのは、納得できる話しです。
番組名は忘れてしまったけど、十数年前に日本語を学ぶ番組をやっていたこともあるから、実は日本語を大切にしている人なんだなぁとか思いましたね。

今日のベストヒットUSAはドゥービーブラザーズから始まりました。
いやぁ、素晴らしい。
僕が最初に聞いた曲もListen To The Musicでした。
好きな曲はThe Doctorでしたね。確か、CMで使われていた曲です。

ボブ・マーリーもわりとよくやっているような気がします。
まぁ、好きだからいいけど。

昔は、週末の深夜にベストヒットUSAを観ながら雑誌に投稿するハガキを書いていましたね。
一時期はハガキ職人でした。
投稿していたのは、主にパソコン雑誌やジュブナイル小説系雑誌(今で言うライトノベル)です。

パソコン雑誌にはプログラムも投稿していたけど、なかなか掲載されませんでした。
でも、雑誌の読者コーナーにはわりと掲載されてました。
テクノポリスに掲載されたときは、会員番号の付いた会員カードが送られてきました。

カードの表にはパコが描かれています。

会員カード表.jpg

カードの裏には読者コーナーの担当者だったキャラが描かれています。
(確か、ひろみちゃんだったような...)

会員カード裏.jpg

これは、ドラゴンマガジンの読者コーナーに掲載されると送られてきた会員カードです。
ドラゴンマガジンの読者コーナーはガメル連邦共和国と言っていたので、会員証も国民認定証です。

会員カードの表です。

ドラゴンマガジン会員カード表.jpg

これが裏。

ドラゴンマガジン会員カード裏.jpg

掲載されると、ガメル連邦共和国で使えるガメルというお金がもらえました。
ファミ通のガバスみたいなもんです。

ガメル表.jpg

ガメル裏.jpg

これらのカードは、お盆に帰省した際に実家の机の引き出しの中を見たら出てきました。
他にもまだあると思います。
ってゆーか、今更どうすればいいのかわかりませんが...

ところで、ベストヒットUSAのバックのセットって、今はちゃんとしているけど、一時期はCGを合成したバックでしたよね。
CGのバックはあまり良くなかったです。
やはり、ちゃんとしたセットのほうがしっくりきますね。

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お盆も明けて [テレビ]

週の中日はベストヒットUSAです。
今日のオープニングはa-haのテイク・オン・ミーでした。
やはり、80年代洋楽は最高ですな。
明日も仕事があるから早く寝なきゃならないのに、テンション上がりまくりです。

そして、後半はヴァン・ヘイレンの特集でした。
JUMPはイントロを聴いただけでハッピーな気分になります。今でも、テレビ番組やCMのBGMでよく流れますよね。
小林克也氏が1984年の最高傑作と言っていたけど、その通りだと思います。
当時、中学生だった僕は、朝起きて学校に行くときにいつも口ずさんでいた曲です。

お盆中に実家に帰省した際に、80年代で時間が止まっている自分の部屋にある数々のアイテム写真撮影してきました。
ブログにアップしたいと思って撮影したんだけど、手当たり次第に撮影してきたため整理できていません。

ぼちぼちと記事を書いていきたいと思います。
それにしても、水曜日に午前0時まで起きているのはしんどいです。
やっぱり、ベストヒットUSAはビデオに撮って後から観るしかないのかなぁ...

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ザース [レトロゲーム]

パソコンで、アニメ調の絵でSFのアドベンチャーゲームができるということで、かなり興奮してプレイしたゲームです。
こういうカッコイイ絵のSF物は、当時はあまり無かったように記憶しています。

とにかく、エニックスの広告のミリアのCG目当てで買った人が多かったんじゃないでしょうか。
これが、当時のザースの広告(I/O 1985年7月号)です。

1985年7月(66).jpg

BASICマガジン 1985年1月号(163).jpg

僕もミリアの絵に惹かれた一人なんですが、実際にプレイしてみると、ミリアの登場シーンって最初の物語の解説シーンで出てくるだけなんですよね。
いやはや、当時は完全にやられた感がありました。

僕がザースをプレイしたのは、近所にあった某N大学の学園祭です。
応用物理学研究部というサークルの出し物が、MZ-2000でのドアドアのプレイとFM-7でのザースのプレイだったんです。
どの辺が応用物理なんだろうかと思いますが、部屋の片隅に、オレンジに金属板が刺さったフルーツ電池があって、それが豆電球を光らせていたので、そのへんが応用物理なんだと思います。

この時にプレイしたザースはFM-7用ディスク版で、初めてディスク版のゲームをやったのがこの時でした。
5インチディスクで、アクセスするたびにガシャガシャとすごい音を鳴らすので、最初はそっちのほうに驚いてしまいました。

僕が買ったのはFM-7用テープ版です。
箱の表紙がスッゲーカッコイイ。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(1).jpg

箱の裏の画面は、いろんな雑誌に掲載された有名なものばかりです。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(3).jpg

作者のスタジオ ジャンドラには憧れましたねぇ。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(7).jpg

ちょっと前に、スタジオジャンドラの方が当時の事を語ってくれた記事をネットで見たんですが、なかなか厳しい環境で製作されていたみたいでした。

これがマニュアルです。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(6).jpg

ザースの舞台となる世界の説明です。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(8).jpg

ザース FM-7用(カセットテープ版)(9).jpg

最近のゲームでは、こういう世界観を説明するような文章(小説?)がなくてイマイチです。
こういう風に、世界観を知ってからプレイすると、感情移入が全然違いますからね。

まぁ、テープ版なんで、テープが1本入っています。

ザース FM-7用(カセットテープ版)(10).jpg

物語の設定がSFっていうのは、80年代前半のゲームにおいては定番のようなものでしたね。
(80年代中盤あたりにファンタジーの世界観が広まっていった感じがします。)

僕の住んでいたところは田舎で、SFが好きでも話す相手がいないという状況でした。
ソノラマとかハヤカワとかを読んで、面白いなぁとか思っても話す相手がいないから、そのリビドーを自作ゲームの製作や自作の小説を書くことに向けていたもんです。

でも、四半世紀も過ぎてから、当時の同級生と会ったときに、自分がSF好きだったことを話したら、男友達や女友達の何人かは、実はSFが好きで眉村卓とか読んでいたしスターウォーズも観たとか言っていて、自分ひとりじゃなかったんだと知り愕然としたものです。

なんで、SF好きだと教えてくれなかったのか聞いたら、恥ずかしかったという答えが返ってきて、なるほどと思いました。
確かに、当時はSF好きというのはオタクの最たるもので、他人に知られたくないものという感じではありましたね。
同様に、マイコン好きとかも、ちょっと得体の知れないものが好きな人って思われそうで、隠していた友達もいました。

そう考えると、アニメ好き、ゲーム好きっていうのをおおっぴらに言える現在には、多少の違和感はあります。
やっぱり、SFとかゲームとかアニメとかって、隠れてコソコソとやるほうが楽しい気がするんですよ。

隠れたマニアな友人.jpg

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ポケットコンピュータ PB-100 [レトロPC]

ベストヒットUSAが水曜日の夜に移動してしまい、金曜日の夜はさみしいものとなりました。
確か、ベストヒットUSAが復活した時も、週末じゃなくて平日の夜中だったと思います。
週の真ん中って、観辛いなぁ。
どうせ移動するなら土曜日の深夜に移動してくれればいいのに。

ところで、噂のラズパイを買いました。

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それにしても、こんなに小さいのに、ちゃんとしたパソコンなんですよねぇ...
ディスプレイキーボードは別に用意しなければならないけど、それにしても小さいですよ。
フタを開けると、こんな感じ。

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こんなに小さいのに、LANポート、USBポート4つ、HDMI、音声出力が付いている。

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ラズパイでやりたいことはたくさんあるんですが、とりあえずマインクラフトってやつをやってみました。
が、どうやればいいのかわからず、3分で終了です。
3次元ぽいゲームは苦手なんですよ。
マインスイーパーは無いみたいだし。

この小ささはポケットに入るくらいだなぁと思って、試しにシャツの胸ポケットに入れてみたら入りました。
これで、れっきとしたLinuxマシンなんだから、いやはやホントにスゴイです。

で、ポケットにはいるコンピュータというので思い出されるのが、昔流行ったポケコンです。

1984年2月号(21).jpg

ポケコンは、その値段の安さから中高生に支持されていたと思うんです。
工業高校や大学の工学系に行っていた人なんかは、学校から買うように言われたって人も多いと思います。

僕は最初はカシオのPB-100を使っていました。
当時は結構な数が売れたみたいで、徳間書店からPB-100のムックが発売されたほどでした。

僕の友人はシャープのPC-1245を持っていて、このマシンはドットキャラクタの定義ができたので、画面が華やかでうらやましいなぁと思ったものです。

I/O(1984年2月号)に載っていたシャープのポケコンの広告です。

1984年2月号(20).jpg

PC-1245って17000円もしたんですね。
でも、17000円でモバイルコンピュータが手に入ったってことを考えると、そっちの方がビックリです。
今よりも、進んだ時代だったのかもしれない。

こうして、フル装備を見てみると、カッコイイですね。
これに音響カプラとかつないで、公衆電話からデータ送信できていれば、今のスマホも違う進化をしたんじゃないかと思うんですよ。

I/O(1984年2月号)に載っていた投稿プログラムです。
表示画面が1行しかないのに、アドベンチャーゲームです。
しかし、これがとでもイイ味を出しているのです。

1984年2月号(390).jpg

1984年2月号(391).jpg

ベーマガ(1985年11月号)の投稿プログラムです。
PB-100は内蔵のキャラクタを使用するしかなかったので、ゲーム性で勝負するプログラムが多かった気がします。

BASICマガジン 1985年1月号(138).jpg

このゲームなんか、キャラクタ文字を上手く使って泳ぐ雰囲気を出しています。
ずっと見ていると、ホントに泳いでいるように見えてくるから不思議です。
人間の想像力の凄さを感じることができます。

それにしても、ベストヒットUSAは週末の深夜が似合うんですよ。
テレビ局はそこんとこが、わかっていない。

懐パソ4コマ1.jpg


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アルフォス [レトロゲーム]

今日のベストヒットUSAは、ポールマッカートニーとリンゴスターで始まりました。
リンゴスターの名前は久しぶりに聞きましたよ。
あだち充の漫画の「みゆき」に、顔はリンゴスターに似ているジョージ・ジョン・ポールって外人が出てきたなぁなんてことを思い出しました。

今日流したハリー・スタイルズの曲はイイですね。
なんていうか、「ああぁ、ヨーロッパ的だよね」って印象です。

番組で小林克也氏が話していたDJプロデューサーってのを初めて知りました。
DJって曲を作る人ではないと思っていたんで。まだまだ世の中知らないことだらけです。
それにしても、ベストヒットUSAは勉強になります。

ただ、最近は80年代の音楽特集をやらないから、ちょっとさみしいです。
僕は、自分のiPhoneに70年代や80年代の各年の洋楽ベスト100がすぐにわかるアプリを入れています。

1984年だと、プリンス、ティナ・ターナー、ポール・マッカートニー&マイケル・ジャクソン、ケニー・ロギンス、フィル・コリンズ、ヴァン・ヘイレン、ライオネル・リッチー、イエス、レイ・パーカーJr、カルチャークラブといった面々がトップ10です。

こうして見ると、なんとゴージャスで素晴らしい時代だったことかっ!
世界の宝とも言うべきミュージシャンがずらりと並んでいたんですねぇ。
そんなわけで、ベストヒットUSAには、現在のトップ20よりも80年代特集をもっとやって欲しいと切に願っています。

でまぁ、そんなことを考えてながらベストヒットUSAを観た後で、ふと森田和朗さんを思い出しました。

森田和朗さんと言えば、僕らの世代では伝説のゲームクリエイターですよね。
亡くなられてから、もう5年になります。
僕が知ったのは新聞のお悔やみ欄でした。亡くなってから一年ほど公表しなかったと書いてありました。50代でしたから、早すぎますね。

森田さんを初めて知ったのは「森田のバトルフィールド」です。
実際に遊んだことは無いけど、エニックスの広告で見て、すごく面白そうだと感じました。
ボードゲームのウォーゲームというのは知っていたので、それがパソコンでできるんだなぁと漠然とはわかりました。

その後、エニックスから発売されたシューティングゲーム「アルフォス」で衝撃を受けました。
アーケードゲームのような、なめらかなスクロールのシューティングゲームをパソコンでできるとは思ってもみませんでしたから。

当時、シューティングゲーム好きだった僕は、この調子で、どんどんシューティングゲームを作ってくれるんだと思っていたら、その後は将棋やオセロゲームとかだったので、「えーっ?」って感じでした。

これは、パソピア7版のアルフォスのパッケージです。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(1).JPG

パッケージの裏。
森田さんが若い。このときはまだ、医大生だったんですね。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(2).JPG

当然ながら、テープ版です。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(4).JPG

アルフォスの世界に入るためにも、マニュアルに書かれているストーリーは必ず読まなければなりません。
この当時は、こういうゲーム世界のストーリーがたいてい書かれていました。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(9).JPG

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(10).JPG

キャラクター紹介のページもあります。
ちなみに、自機の名前はニーモニック号です。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(11).JPG

マニュアルには、エニックスの当時の意気込みなんかも書いてありました。

アルフォス PASOPIA7用(カセットテープ版)(7).JPG


当時のI/O(1984年8月号)の広告です。
ちょっと見辛いですかね。

1984年8月(65).jpg

この当時は、パソコンで作られるシューティングゲームは、キレイな画面がどのくらいなめらかにスクロールするかっていうのは、一つの指標でした。

当時、僕もマシン語で横スクロールの簡単なゲームを作ったりしたけど、1キャラクタごとのカクカクとしたスクロールしかできず、なめらかなスクロールって、どうやってやるんだろうと想像もつきませんでした。

Windows時代の森田さんのゲームも持っています。
森田さんと言えば、やはりオセロや将棋ですから、1つは持っていないとなぁと。

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まぁ、このパッケージの裏に書いてある略歴のために買ったような感じでもありますがね。

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源平討魔伝 その2 [レトロゲーム]

源平討魔伝はゲーム機でも出ましたが、その後、Windows用としても出ました。
X68000版を見たときのような衝撃はありませんが、Windows用が出たということで、遊びやすくなったのは確かでした。

CD-ROM版だったので、ディスクケースです。これがケースの表面。
ちょっと怖いパッケージです。なんだかディアブロ2のパッケージみたい。

源平討魔伝 Windows用(CD-ROM版)(1).jpg

ケース裏面です。

源平討魔伝 Windows用(CD-ROM版)(2).jpg

VMWareインストールしたWindows XPにゲームをインストールしてみました。
クルクルと回って出てくるタイトル文字が素敵です。

源平討魔伝 VMWin用(1).jpg

源平討魔伝 VMWin用(3).jpg

この竹のスクロールキレイだったんですよ。

源平討魔伝 VMWin用(2).jpg

これが噂のおばばさまです。
「おろかもの」なんて、おばばとマッチしか言わないよなぁと当時は思いましたね。

源平討魔伝 VMWin用(4).jpg

マイコンBASICマガジン(1988年4月号)に載っていた源平の広告です。
この記事を見た瞬間に、買うぞって決意しました。

マイコンBASICマガジン 1988年4月号.jpg

当時、ベーマガにはマイコンソフトの広告が多く掲載されていていました。
マイコンソフトが移植するナムコのゲームが好きでした。

そー言えば、この頃学校で習った鎌倉幕府成立の年は「いいくに作ろう鎌倉幕府」で1192年だったんだけど、今は違うみたいですね。
もともと頼朝って好きじゃないから、まぁどっちでもいいんですが。

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源平討魔伝 その1 [レトロゲーム]

週末は、いつものようにベストヒットUSAです。
今月は土日に行事や仕事があってベストヒットUSAが観れない時が続いたので、やっと一息ついたなって気分ですが、よく考えてみれば、もう5月も終わりなんだよなぁ...

トップ20を観ていたら、結構イイ曲が多いなという印象でした。
クリーンバンディットの曲は好みでしたね。曲調が、僕のような古い人間には合っています。

今日のベストヒットUSAの最初で、マドンナのヴォーグのPVが出ました。
1990年のマドンナはやっぱりキレイで色っぽいですな。

90年代前半は僕にとっては、ヘビメタというか早弾き系を聴いていた時期なので、思い出すのはイングウェイとかインペリテリとかです。
あと、日曜日の夕方にシングライクトーキングの佐藤竹善と大江千里がラジオ番組をやっていて、毎週欠かさず聴いていました。どっちもAORな感じのラジオ番組で、当時、AORに興味を持ち始めていたんで。

でまぁ、その頃はどんなゲームをやっていたかというと、X68000を購入したため電波新聞社から出るアーケードからの移植ゲームをやったり、満開製作所のディスクマガジンに入っていたゲームなんかをやっていました。

X68000はゲームだけじゃなく、C言語を覚えたりパソコン通信をやったりと、90年代前半ではお世話になった機種です。

個人的にX68000のパワーを思い知ったのは、源平討魔伝をプレイした時でした。
あの大きな景清や弁慶が動いているのを見て、いやはや本当にびっくりしました。

源平のパッケージです。
源平といえば、この横スクロールのデカキャラのイメージが強いです。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(1).JPG

パッケージの裏です。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(2).JPG

X68000は5インチFDDを2基搭載でした。
HDDを内蔵するバージョンもありました。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(3).JPG

これがマニュアルです。
おばばの声って、一度聴いたら忘れられない声だよなぁ...
今でも、何かをやってて失敗したときとか心の中で聞こえるときがあるんですよ、「おろかもの」って。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(4).JPG

なぜか、卓上のぼりのオマケ付きでした。
家でゲームをやるのに、のぼりは立てませんけどね。

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(5).JPG

源平討魔伝 X68000用(5インチディスク版)(6).JPG

僕の友人の臼木くん(仮名)は、源平の名人で、よくエンディングまで見せてくれました。
当時、自分の力ではクリアできなかったんで...

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